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あなたは犬派?それとも猫派?
どうでもいい様な質問だと思うが、もしそう訊かれたら迷わず犬派と答える。

私がまだ小学生の頃、捨て犬なんてのは日常茶飯事で、大きくなった捨て犬は、最近ではまったく見られなくなった野良犬として路上をうろうろしていた。
かろうじて拾われた犬は人間とともに暮らすのではなく、雨露をしのぐ軒先につながれ、残飯で腹を満たし、その恩に報じて番犬となることを課せられていた。
今のペットブームから思うと、犬にとってはまことに不遇の時代であったかもしれない。

その頃、我が家に私が拾ってきた「アキ」という名の雌の雑種(今ではミックスというらしい)がいた。
アキは子犬のくせに愛嬌がなく、そのことが私の興味をひいたので、段ボール箱に入れられた子犬の中から私はアキを拾い上げたのだった。

アキは、体は白いが、目の周りと両耳だけに茶と黒の毛が生えていた。
母はアキを一目見るなり「なんとまぁ、えげつない雑種やなぁ」と言った。
しかし、アキはたいそう賢い犬で、軒先よりワンランク上の玄関内につながれた。
成犬になってからは決して無駄吠えをせず、玄関を排泄物で汚すこともしなかった。
アキの楽しみは、散歩もさることながら、仕事から帰った母と叔母が夕餉で一杯気分になった頃、家の中に上げてもらえることであったと思う。
畳が彼女の肉球にどんな感触を与えたのか想像もつかないが、家の中でのアキはくすぐったいようにはしゃぎ回り、しゃべりたくて仕方ないように吠えては皆を笑わせた。
角瓶を愛飲していた叔母は、酒の肴に、はしゃぐアキを脇に座らせ、アキの白い手にお膳の上のおかずを小指の先ほどに小さくちぎって乗せる。
「まだ!」
そう命令されると、アキは決して自分の手に乗せられた小さなご馳走を食べようとしない。
それを確認した叔母はわざとテレビに目を移し、アキがじっと我慢しているのを楽しんでいる。
見かねた母が言う。「もうええんちゃう?」
アキは「よし!」と言われるまで、ヨダレをポタリポタリと落としながら、食べたいのを我慢しているのであった。

夕餉が終わり、母が後片付けに立っても、アキは叔母の脇に座っていた。
寒い冬でも、炬燵にもぐりこんだりしなかった。
ほろ酔いになった叔母が時計を指差して、
「アキ、何時?」
というと、アキはすごすごと玄関に引き返していくのだった。

それから数年後、叔母は結婚して渡米し、我が家には母が知り合いからもらったヨークシャテリアがやってきた。
血統書付のテリアはきた当初から家の中で可愛がられ、その次には結婚した姉が亭主と犬を連れて帰ってきた。
姉の犬も雑種だったが、アキよりまだランクの高い板の間につながれた。

アキの黄金時代はヨークシャテリアと新参者の雑種に取って代わられたが、それでもアキは玄関に置かれたプラスチックの籠で17年という長寿を全うした。

アキはだんだんと白濁していく目で何を見つめただろう。
目の前の板間の向こうにある畳ではしゃいでいるのは、かつての自分ではなく、血統書の付いたヨークシャテリア。
血統書は犬が決めたものではなく、人間が勝手に作り上げたものだ。
それでも、アキは「ひょっとしたら、明日は鎖を外されて、かつてのようにあの茶の間にあがれるかもしれない」と期待しただろうか。

アキが死んだ夜、アキは今までにない遠吠えをした。
我が家は大阪の下町にあり、しかも深夜のこと、犬に鳴かれては近所迷惑になるのである。
母が「アキ、鳴いたらあかん!あかんねんで!」と言い聞かせても、
おんおんと鳴く。
無駄吠えしないアキが、おんおんと鳴いたのだった。

―――あんなに怒らなければ良かった
アキが死んだ後も、母はずっと後悔していた。
アキはきっと自分の目に写るものが、次第に藍色から深い闇に落ちていくのが怖かったのにちがいないと。

私は感情移入が激しい方なので、これを読んで下さった方には馬鹿馬鹿しい感傷と受け取られるかもしれない。

でもね、鍵っ子だった私。
学校から帰って、玄関の鍵を開けると、プラスチックの籠の中で年老いたアキが丸くなったままでも、ひょいと顔をあげて、さも「おかえり」と言わんばかりに目を向けてくれたのが忘れられません。
やはり、私は犬派です。













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【2006/02/26 22:01】 | 未分類 トラックバック(0) |


寿司屋のおかみさん小話
アキの気持ちを思うと涙がでますね。
わたしも、犬派です。
でも、昔、猫を飼っていたことがありますが。
年老いてきたある時、足を折ってしまい、
みんなで看病していましたが、何かを悟ったように
さりげなく、いなくなってしまいました。
まるで自分から身を引くように・・・。
自分の死期を予感したのだろうと言った父の言葉に
えんえんと泣いたのを覚えています。
懐かしいなあ・・・・。^^


kurumi
私は何がなんでも猫派です。
今も横で「たま」が寝ています。
毎朝、「たま」になんであんたに腕枕せなあかんねん!と突っ込みながら
起きています。
でも、かまうと引っかかれます。そんな猫が大好きです。v-238


senju
おかみさんへ
コメントをありがとうございます。
ペットとの暮らしは楽しい思い出あり、哀しい思い出あり。
アキが死んで20年以上も経つのに、いまだにアキの匂いを覚えています。
あまり、いい匂いじゃなかったからかな・・・



senju
kurumiさんへ
腕まくらしてもらって眠るとは、たまちゃんも贅沢なねこちゃんですね。
でも、腕まくらはしてあげるより、してもらうほうがいいかも?


おはな
senjuさん、こんばんは。
私も、4年前に愛犬を亡くしました。
アキちゃんと重なるところが、いっぱいあります。
亡くなる日、1回だけ遠吠えしたのも同じです。
今でも忘れられません。
ほんとに悲しかった。
sennjuさんの気持ち、とってもよくわかります。
愛犬との生活の日々は、宝ですね。
そして、年老いていく愛犬の様子、別れは切ないですね。

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仕事が終わって帰り支度をしている主婦たちの会話で一番多いのは、なんといっても
「今晩のおかずは何?」

「うちは煮物」
「旦那が晩酌するからよぉ、酒の肴さ、するっぺ」
「娘が風邪ひいてっから、鍋物にするべ」
やれやれ、私もふくめて、主婦たちは毎日頭の痛いことである。
私が「うちはお好み焼きにするわ」というと、
「大阪の人は、お好み焼きをおかずにして、ご飯さ食べるんだべ?」と仰る。
いやいや、一概にそうとは言えない。
げんに我が家では、次男をのぞいて、お好み焼きにはビールが定番である。
どうして、そんな風に思われてしまったのだろう。

大阪の交通マナーの悪さは全国でワーストワンと聞きおよんでいるが、「大阪」ナンバー、「なにわ」ナンバーがこちらの道路を走っていると、地元のみなさんは警戒なさるという。
大阪では「あたり屋」と呼ばれる車が右往左往していて、あちこちで悪さをはたらいていると聞いている、そんな「おっかない」車がここらを荒らしに来ているのではないか、というのがその理由らしい。
これでは、大阪はとんだ無法地帯ということになってしまう。

ある営業マンから聞いた話だが、全国向けの営業マニュアルとは別に、大阪用のマニュアルが用意してあるとか。
「大阪の人は特殊ですから」
彼は私の顔色を伺いながら遠慮がちに言ったが、どうも大阪の旗色は良くないようである。
おまけに、大阪市の税金の無駄使い。
これでは、府外に住む大阪人の肩身は狭くなる一方だ。

たしかに、大阪人はちょっとお行儀がよろしくないが、その分活気があり元気である。
人情にもろく、お笑い好きで、ええカッコしない。
ノリが良すぎて失敗することも多いのだが、愛すべき大阪人なのだ。

大阪大好き元府民から、謹んで太田知事に申し上げます。
東北の人たちに「ぜひ、大阪に行ってみたい!」と思ってもらえるようにしてください。
東北の人たちから「大阪から車さ来て、いがったなっし(よかったです)」と言ってもらえるようにしてください。
東北の営業マンに「大阪担当になりたい」と願わせてください。
地元の人たちから「大阪さ、いいとこだべ」と言われるようになったら、知事がお好きな言葉「おかげさんで!」と答えますから。









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【2006/02/22 00:31】 | 未分類 トラックバック(0) |

(^0^)
紗江
はじめましてですよね?なんとなく文章が友達と似ていてビックリでしたΣ( ̄ロ ̄lll)http://jump.sagasu.in/goto/blog-ranking/←を見ていたら、記事が載っていたので思わずきてしまいました!


コメントをありがとうございます
senju
ようこそおいでいただきました。
お若い方に似ていると言われて私は嬉しいですが、お友達は「オバサンに似ているなんていや!」とお思いになるのでは?
またいらしてください。

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天気予報どおり、今日は朝から良いお天気。
朝の気温は氷点下10度ちかくまで下がったようだったが、そこは休日のことゆえ暖かい布団の中でやり過ごした。
南側の障子窓から入る陽は柔らかい。
しめしめ、これで雪もかなり融けるにちがいない。

息子たちはいまだ爆睡中。
日曜の朝は静かで柔らかで、一人のんびり過ごすにはもってこいである。
私は、のっそりと起き出してテレビをつけた。
大沢さんと張本さんの「喝」を聞いて大笑いし、トリノのメダルがいかに高嶺の花であるかを再認識し、きなくさい世界情勢を観てため息をつく。
ああ、それにしても我が家の平和なことよ―――
と嘯いてはいられない。
掃除、洗濯、ありとあらゆる家事が雁首そろえて待っているのである。

流血の中東でも、アメリカでもロシアでも、世界中の母たちは社会情勢がどうであろうと、家事育児に心をくだいている。
それこそが、世の母たちの心の糧ではないか。
ブッシュさんのお母さんだって、サダム・フセインさんのお母さんだって、(とうに亡くなっていたらごめんなさい)きっと同じ気持ちだったろう。
そんなことを考えていたら、あっという間にお昼を過ぎていた。

「おかん、今日の晩飯は?」
やっと起きてきた次男が、開口一番に言う。
どうやら、次男の頭の中には「私=夕飯」の方程式があるらしい。
今日は手抜きをしたかったのだが、その方程式を解かないと母の威厳が保たれそうに無いこと、その上「旨い物」を紹介されていたブログに触発されたこともあって魚屋さんへ出かけた。


ショウサイフグ


「これはねショウサイフグといってね、まぁトラフグとまではいかないけど、美味いよ」
ほほぉ、ショウサイフグとはこれいかに?
「皮に毒があるからさ、湯引きはできねぇんだ。身はちょっと水っぽいから刺身よりしゃぶしゃぶがお奨めだね」
おお!ふぐしゃぶ!
訊くとお値段はトラフグよりうーんとリーズナブル。これはありがたい!
「何人前つくります?」
我が家は3人家族なのだけれど、「肉食」の息子たちを納得させるためには
「4人前、作ってください」

ショウサイフグの身

まるで「てっさ」のようである。

ショウサイフグの骨

「骨は軽く焼いて、昆布とともに出汁に使ってよ」
なるほど、「鱧しゃぶ」の要領ですね。

しゃぶしゃぶと、決して火を通し過ぎないように。
歯ごたえがしっかりとしてフグのお味、いやぁ、美味しい!
侮れないな、ショウサイフグ!
〆の雑炊まで頂いて、満足することこの上なし。
明日からまた、頑張れそう。



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【2006/02/19 22:03】 | 未分類 トラックバック(0) |


おはな
sunjuさん、おはようございます。
昨日は、コメントありがとうございました。
senjuさんのブログ、とても心豊かで、とても教えられます。
美味しいそうですね。
新鮮で、めずらしいお魚が手に入るんですね。
我が家は、日本のど真ん中、海の幸は、少ないです。
これからも、よろしくお願いします。




fat32
senjuさん、コメント有り難うございました。
皮にも毒があるふぐがいることを初めてい知りました。
ふぐしゃぶ、おいしかったでしょうね。
これからもお邪魔させて頂きます。よろしくお願いします。

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昨日今日と気温が10度前後まで上がり、通勤路の歩道にうずたかく積まれていた雪があれよあれよという間に融けてしまった。
この歩道、こんなに広かったかしら?
私の記憶なんていい加減なもので、わずか三ヶ月間で、一面の雪に様変わりしていた道路が当たり前になっていたのである。

乾いた路面では、滑らないかとヒヤヒヤしながら歩くこともない。
そのちょっと埃っぽい感じに嬉しくなり、脇にある雪の下からのぞきだした土の有機的な匂いにワクワクした。

もうすぐ、もうすぐ風景は無口な薄墨色から思い思いの色に染まりだす。
あともう少し、がんばれがんばれ。

トリノにいる選手たち、がんばれ。
受験生たち、がんばれ。
受験生をもつお母さんたち、がんばれ。
人事異動を目前に戦々恐々のサラリーマンたち、がんばれ。

日本中で、「がんばれ」が飛び交っている。
声援を送る人も送られる人も、今どうしてもがんばれない人も
みんな胸を焦がして春を待っている。

季節は氷柱に滴る「光の春」から、雪融け水がせせらぐ「音の春」へ
春はもうすぐ。
もうすぐです。



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【2006/02/15 23:50】 | 未分類 トラックバック(0) |


kurumi
おはようさん!私もブログ再開したで~!見に来てな~!v-10


寿司屋のおかみさん小話
素敵!
詩的な文章。
そうだ、みんな頑張れ!頑張れ!
思わず、じーんとしてしまうおかみさんです。


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昨日、2月11日は私の父の命日。
自分の年を思えば、28才の若さで死んだ父がどれほど無念だったろうかと胸が痛む。
父は若手の浪曲師で、母は上方浪曲の大御所と言われていた祖父の次女だった。
長崎の原爆で両親を失い、家庭的にも経済的にも恵まれていなかった父が、祖父に母との結婚を願い出るのは勇気のいることであったろう。
「ちゃうちゃう、私がお父さんにお願いしたんや」と母は言っていたが、
それが本当なら、父は男としてちょっと情けない気がする。
娘でもよほどの用がないかぎり入らなかった離れの間で
「お父さん、あの人と結婚させてください」と両手をつく母に、
「あほ!」としか祖父は言わなかったという。
結局、二人は駆け落ち同然で結婚したのだが、娘二人をもうけてこれからという時に、父は事故で死んだのだった。

大きくなるにつれ、私は父を知る人みなから「いやぁ、お父ちゃんにそっくりや!」と言われた。
年頃の娘は、なぜか母親に似たくないものである。
その上、母はお世辞にも別嬪さんとは呼べない器量であったし、父は「二枚目」でとおっていたと聞いていたので、「父親似」と言われるのが嬉しかった。

ある日、私の「父親似」を確認したくなり、着物の衿を縫っていた母に訊いてみた。
「なぁ、お母ちゃん、私ってそんなにお父ちゃんに似てる?」
当然「うん、よう似てる」という答えが返ってくるものと思っていたのに、
「あんたの手、指、お父ちゃんと一緒やで」という。
「え~?手と指だけ?」
「心配せんでも、年いったらお母ちゃんに似てくるって」

最近になってからである。
毎朝、布団から自分の手を突き出して眺めるようになった。
雪国に越してきてから少し白くなったような気がして、ちょっと嬉しくなったり、指の節がいかつくなり、甲の皮膚が湯葉のように薄くなってきたなと心寂しく思ったりする。
「!」
母が晩年、同じように朝の布団の中で手を眺めていたことを思い出したのである。
娘の私がそうであるように、母も自分の両手に「老い」を見つめていたのだろうか。

――父親似の手指を、母親似の仕草で眺める
いくつになっても、やっぱり私はお父ちゃんとお母ちゃんの娘です。




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【2006/02/12 23:52】 | 未分類 トラックバック(0) |


嵯峨 ふたこ
 はじめまして。嵯峨と申します。先日は拙い文章にコメントを頂きありがとうございました。まったくコメントがなく寂しい状態だったのでものすごく感激しました
 嵯峨もまだまだブログを始めたての新米。半分自分の小説を宣伝するために始めたブログですが今では逆に他の方のブログを回るのが趣味になってしまった今日この頃。末永くお付き合いいただければ幸いです

 senjuさんの今回のお話とても興味深く思いました。本当父親似、母親似って不思議ですよね。嵯峨は父の知り合いにあうと「お父さんそっくりだねー」と、そして母の知り合いに会うと「お母さんそっくりだねー」とよく言われます

 結局両親の子供ってことなんですよね(当たり前だけど)

 でも友人からはあまり両親とは似て無いといわれます。むむむ、何故だろう?
 人ってどうやって似てるとか似てないとかを感じているんでしょう? ……不思議だ
 



senju
コメントをありがとうございます。
日毎、嵯峨さんのブログを拝見していますが、私などには口をはさむ余地などありませんので、ただただ拝見するばかりです。
それにしても、ネットというものは不思議です。
私よりうんとお若い嵯峨さんのお話を、ゆっくりとお茶を飲みながら聞いているような気がするのですから。
これからもよろしくお願いします。



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最近、物忘れが多くなってきたように思う。
シャンプーとリンス(トリートメントと言うべきなのかしら)、セットで買ってきたはずなのに、どういったわけかリンスが圧倒的な速さで先に切れてしまう。
バランスよく使ってくれたらいいのに…とぼやくくせに、なぜか買い忘れるのもリンスなのである。
日々の瑣末なことだけではない。
息子たちに言っておかないといけないことがあって、いざ口にする段になると
「あれ、何を言おうと思ったんかな?」
大事な用件を忘れてしまうことはあっても、覚えていてもさして役に立たないようなことは覚えている。
たとえば、若い頃に勤めていた会社の電話番号とか〆日とか。

脳の活性に効くという茂木健一郎先生の「アハ体験」を、息子たちと一緒にテレビで観た。
息子たちは「あ!わかった!」とか口々に言っている。
私は「え~?全然わかれへんわ」と笑っているが、内心穏やかでない。
「アルコールとニコチンのせいかしら」とひそかに反省していたりする。
こうなっては任天堂DSを手に入れ、脳を鍛えるという噂のソフトをしてみたいが、深刻になりそうで気が引けるのである。

息子たちが幼い頃、毎晩絵本の読み聞かせをしていたが、長男が「おおきなかぶ」を覚えているという。
読み聞かせといっても、読み手の感情移入が激しくて読んでいる最中に声をつまらせることもしばしばという、お粗末なものだった。
「おおきなかぶ」はロシアらしい大地のおおらかさがあふれた作品で、当時の息子たちのお気に入りではあったが、大学生になっても覚えているとは驚きである。
「絵も好きやったなぁ」
おじいさん、おばあさん、孫娘、犬から猫、みんなで蕪を引っ張るくだりでは、布団の中で長男も両手のひらを握り締めた記憶があるという。
「あの絵を描いた人、誰やねんやろ。他の作品も見たいなぁ」と言うので
調べてみると、佐藤忠良氏と判明した。
「氏は日本を代表する彫刻家の一人で、」
ふむふむ…あ!去年11月宮城県美術館で観た彫刻、あの佐藤忠良氏だったとは!

これも「アハ体験」になるのだろうか。
茂木先生におききしたいところだが、そうであるとすれば、人に会って話を聞き、好奇心をもってあちこち出かけ、本を読む。そうした「アハ」につながる要素を日々積むことは、決して無駄にはなるまい。
それに、絵本の読み聞かせが息子たちの心に残っていたこと、佐藤忠良氏のことが分かって、心地よく眠れるのがちょっと嬉しい。











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【2006/02/05 23:05】 | 未分類 トラックバック(0) |


kurumi
前のブログにコメント書いたの読んでくれてないのね・・・v-16色付きの文字太字の文


senju
ごめんね!気付かなかった。
以後、気をつけます!
これに懲りずに、また来てね!

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「冬と春の境目が節分。冬の神と春の神が交代する、わずかなすきに鬼どもが悪事を働く。そこで豆を撒き、鰯の頭をつけた柊の小枝を戸口に挿して退散させる。」
2月3日付けの読売新聞「四季」欄にこう書いてあった。
「八百万の神」という考え方をもつ、日本人の情緒がひしひしと感じられる。

今日より、春の神様がそこかしこにおいでになるということであるが、
今朝は除雪車の唸り声で目を覚ました。
除雪1
>


これでは、春の神様も分が悪い。
いやいや、我が家では豆まきをしなかったから、鬼が暗躍しているのかもしれない。
「春の神様、がんばって!」
自分の横着はきっちりと棚に上げて神様を応援するとは、なんともおこがましい。

氷点下5度のもとでも汗をかくほど、雪かきは重労働である。
いい汗をかいた上に、せっかくの休みなのだから今夜は美味しい肴で一杯飲りたい。
というわけで、わくわくしながら行きつけの魚屋さんに出かけた。

4848

みごとな「寒鱈」だ。
「背は昆布〆用に、腹はお鍋用にしてね」と言うと、お店のご主人は快く承知してくださった。

4747


普通、魚の下ごしらえは「おろす」とか「さばく」というが、鮪は「解体」という。
生々しい感はいなめないが、鮪の大きさから言えば納得のいく言葉だ。
鱈はどう言うのだろう。
5kgある目の前の鱈は「解体」に近かった。

背、腹、胃袋、肝、そして卵とパート別に「解体」された鱈を、帰宅するなり今宵の肴にと調理を始めた。

かんだら1

かんだら2
>



どうです?きれいな身でしょう?
真鱈の子は醤油漬けに、背は昆布〆にして待つこと3時間。
昆布の旨みが沁みてもっちりとした身は、つい頬が緩む美味しさ。

かんだら3
>


盛り付けの不味さはご承知おいて、鯛と見紛うほどの美しさ。
つい、お酒がすすみすぎる今宵となった。

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【2006/02/04 19:18】 | 未分類 トラックバック(0) |


kaze
今晩はkazeです。
お引越しをされたのですね。
このブログは初めてなので
うまく書き込みが出来ているか分かりませんが
テストだと思って書き込みます。
たらの刺身って珍しいですね。よっぽど生きが良いのですね。
とっても美味しそう~~熱燗に合いそうですね。

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こう毎日寒くては、自然と肩に力が入り嫌でも凝ってしまう。
おまけに、私は極度の近視乱視。
そのうえ、最近は寄る年波のおかげで老眼も混じってきたので、眼精疲労からくる肩こりにも悩まされている。

先日、箪笥の引き出しを整理していたら、次男が小学校1年生のときにくれた「母の日」のプレゼントが出てきた。
小さな子供がおじいちゃんやおばあちゃんに贈るプレゼントの定番。
「肩たたき券」だ。
常々、「肩がこった」とぼやいている私を、幼いながらにも気遣ってくれたのだろう、
トランプ大に切った画用紙に「かたたきけん」と書かれたたどたどしい文字が微笑ましい。
中学三年生になる次男にそれを見せて
「この券はまだ有効?有効期限が書いてないねんけど」と訊くと
彼は一瞥するなり
「時効」と答えた。

肩こりは辛い。
首や肩の奥に溜まった澱はどんよりと重く、時として頭痛や歯痛を引き起こす。

近所に大手家電量販店ができたので、ひやかしに出かけたときのこと。
薄型大画面の液晶テレビやパソコン、最新の洗濯機、冷蔵庫、どれもこれも
「いいなぁ」
だが、一番私の目を引いたのは家庭用のマッサージチェア―だった。
「どうぞお客様、ご遠慮なく。お気軽にお試しください」
可愛い女の子の店員さんが、笑顔ですすめてくれる。
「いやぁ、そんなぁ。恥ずかしいわ」と言いつつ、体は機械ににじり寄っている。
やがて、ものの5分とたたぬうちに、私は至福のときを過ごしたのでした。
「お客様、いかがでしたか?」
良いも悪いも、私はこの機械に頬擦りしたいくらいだが、値札を見てびっくり!
「当店では、低金利のローンもご用意してございますが」
「…、…毎日、こちらへ通わせていただきます」

明朝は氷点下10度の予報。
完全防寒服は慢性肩こりにきつい。
早く春になって雪解けとともに、肩の凝りもとけてくれないかなぁ




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【2006/02/02 22:44】 | 未分類 トラックバック(0) |

肩こりこり
ミスター
初めてコメントします。先ほどは私のブログにコメントいただいてありがとうございます。綺麗な文使いなので関心してしまいました。お子さんの肩たたき券ですが私も昔、やってたことを思い出しました。優しいお子さんなんでしょうね。親子の愛情が伝わってきます。マッサージチェアですが、高額ですよね。マイ・ワイフの祖父の家に2台あります。最近はあまり使ってないようですが・・・あの椅子って大抵、田舎のお年寄り目当てに売ってるみたいですね。もう少し安ければ我が家にも一台!そう思いませんか?また遊びにきます。

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ここ数日、寒さが和らいでいる。
おかげで、屋根までとどく積雪も少しばかり量が減り、雪下ろしに悪戦苦闘している私を喜ばせた。
とはいえ、朝の気温は氷点下、最高気温もいまだ5度を上回ることがない。
冬将軍はまだまだご健在なのである。

昨日、芦屋に住む20年来の友人から宅配便が届いた。
――「寒中見舞い」
友人の心遣いに、目頭がじわりと熱くなる。

箱蓋をとると、赤いパッケージに「551」の数字、「蓬莱」の豚饅10個入りが2箱入っていた。
「551蓬莱」の豚饅は、関西人なら一度は食べたことがあるのではないか。
もっちりとした食感でちょっと甘めの生地、ジューシーでボリュームのある具。
そう、ボリュームは半端じゃない。
私なんぞはお昼に2つ食べると、夕食が食べられなくて後悔することになる。
匂いもまた濃厚で、仕事帰りの電車の中、この匂いを鼻でたどるとその先には必ず「551蓬莱」の赤い文字の書かれた白い紙袋が網棚に乗っていたりする。
「551蓬莱」の豚饅はジャスミンティーとともにというより、茶の間でほうじ茶か玄米茶をすすりながらぱくつく、大阪下町の味なのである。

それでも、たまに無性に食べたくなるのがこの豚饅。
しかし、難儀なことに大阪とその近県でしか販売されておらず、通販で注文した場合は、振込み確認後の2日後に発送されるという。
ああ、まどろっこしい。

大阪にいた頃はお中元やお歳暮の用足しでミナミやキタへ出かけたついでに、息子へのお土産にとよく利用させてもらった。
「お姉ちゃん、豚饅6個入りちょうだい」
あまり愛想の良くない女の子は、慣れた手つきで豚饅を包装袋に入れ、そこにサービス品の小さな練辛子をわしづかみにして放り込んでいた。

「練辛子の放り込み方、変わってなかった?」
友人にお礼の電話をしたところ、彼女はそう言って楽しそうに笑っている。
ええ、ええ。お味も赤いパッケージも、濃厚な匂いも。
「この間、電話で『大阪の味っていったら何を思い出す?』って聞いたら間髪入れずに『551』って言ってたやん?よっぽど食べたいねんやろなって思ったから」
友人の心優しさも、ずっと変わらないのだった。







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【2006/02/01 23:11】 | 未分類 トラックバック(0) |
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