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10日ばかり、ブログを休んでしまった。
3月10日に次男の受験があり、前回にブログを書いてから後の一週間は、私が試験を受けるわけでもないのに、パソコンの前に座ってもそわそわとお尻が落ち着かなかったからである。

吹雪いたりしたら困るなと試験当日のお天気を心配していたが、幸い、朝は多少冷え込んだものの、きれいに晴れた。
「勝つ」の意味をこめた「とんかつ弁当」を手渡すと、あれはなんというポーズなのか、次男は親指をぐっと立てて気合十分の意気込みを見せた。
心強いことと、安堵するもつかの間。
仕事をしていても時間ばかりが気になる。
9時を過ぎ10時になり、今は数学の試験か、苦手な証明問題は解けたか。
地理はどうだ?中学受験前には、北海道の小樽を「こだる」と読んだしなぁ
いやはや、母親とは因果な商売だと一人苦笑することしきりである。

はらはらそわそわの一日を終えて帰宅すると、次男は喉から手が出るほど欲しかったゲームを買いに行くという。
ゲーム命のこの息子。
去年の夏からゲーム断ちをして、今日は晴れての解禁日なのである。
弾け飛ぶように出かける姿に送る言葉、忘れてもらっては困る、今日は私にとっても解禁日なのだ。

というわけで、卒業式用に新調したスーツを予行演習と称して身にまとい、パンプスの音も軽やかに、美味いもんを食べに仙台へ行ってきました。
お目当ては仙台の国分町にある、京料理「萬み高橋」
去年の秋だったか、こちらのお店には「予約でいっぱい」とふられたことがあるので、今宵ばかりは用意周到、準備万端。
昼間はスーツで十分なくらい暖かだったのに、日暮れからオーバーコートなしではとてもいられないくらい冷えた町並みを歩き、ええ~?こんなところに和食のお店があるの?と目を疑う凱旋門風のビルの一階に、目指すお店はあった。

からからと格子戸を開けると、まずお香が鼻をくすぐった。
あらま、店内でお香を焚き染めるとは!
お料理に差し障りがないのかしら。
表の凱旋門とは裏腹に、純和風のきりりとした板前さんがお出迎えしてくださる。
どうぞと通された席は、都合8席の白木のカウンターであった。

半月盆が整然と並んだカウンターは清潔で凛とし、今にも木の香りがしそうなくらい真新しく見えた。
お掃除が行き届いているのはカウンターばかりではない。
カウンターから見渡せる調理場の磨きこまれていること!
細心の注意をはらっていらっしゃると感心したが、どういうわけか、カウンタ―の隅に千円札の入った広口瓶が置かれているのにはギョッとした。
すごーく生意気なことを言わせていただくが、こういうところは京都には絶対に無いと思う。

さてお料理。
お料理は、かなり「うふふ」でした。
親子そろって受験疲れなので、お料理の詳細は明日にということで、今宵はこれにて、ごめん!





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【2006/03/12 21:27】 | 未分類 トラックバック(0) |

こだる?
寿司屋のおかみさん小話
あははは、すみません。senjuさん。笑ってしまいました。
小樽を、こだる?って読むのは最高ですわ。北海道の人には思いつかない新鮮なギャグです。それにしても、受験だったのですね、お疲れ様でした。息子さんもよく頑張りましたね。こだるは、いい思い出になるでしょうね♪


つかぼう
実は私も昔。。。。。

そう読んでました一人です。

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師走に入ったばかりとあって、日差しにはまだまだ秋の名残が感じられる、穏やかな日だった。
その頃には、つまらない嫉妬に飽きて、私は向田邦子氏の大ファンになっていたから、仙台文学館で開かれていた向田氏に関する展示をくまなく見て回った。

講演まではまだ少し時間がある。
憧れの久世氏に会える嬉しさが、お行儀悪く「物欲しげ」にならぬよう、私はテラスで煙草を吸い気持ちを落ち着けた。
幸い、お天気は上々。
国道から少し奥まったところに建てられている文学館は、小ぶりの図書館のようにしんとたたずんでおり、鳥の声が周囲の木立から洩れ聞こえてくるだけだった。

さて、講演会場は広めの会議場といった風で、演壇にはマイクだけが置かれている。
以前、浅田次郎氏の講演会に二度ほど出かけたことがあるが、そちらにくらべると随分と質素な感じを受けた。
久世氏のご意向なのか、それとも仙台文学館の予算が足りなかったのか。
開演予定時刻になっても、主役は未だやってこない。
間がもたなくなったか、「本日は久世先生の新作を、発売を前に当受付で販売しております。ぜひとも、お帰りの際にお求め下さい」と司会がしきりに唾をとばしている。
場内が白けたムードになったころ、セーター姿の久世氏がふらりと入ってこられた。

満場の拍手にちょっと照れたように会釈なさり、演壇の椅子に腰かけられた。
想像していたよりずっと、氏は小柄で、その声音は高い。
どんなお話をしてくださるのだろう。
ワクワクして講演を聴いていたが、そのワクワクがだんだんと萎びてきた。
お話の内容の大半が、作品に紹介されていたエピソードだったからである。
「手を抜きはったんかな」と正直なところ、がっかりした。

講演が終わって、すごすごと退散しようとしたところ、
「本日は久世先生の新作を、発売を前に受付で・・・・」再び司会が叫んでいる。
もう、さっき聞いたって!
ところが、
「本日お買い求めになった方には、先生自ら著書に」
サインしてくださる?
「皆様のお名前をお書きになります」

出せなかったファンレター。
せめて、憧れの人に直々に「貴方の大ファンです」と言えるかもしれない。

受付前は長蛇の列が出来上がっていた。
行列に並ぶのは大の苦手であるが、一縷の望みを託して列に連なった。
いよいよ、私の番。
行列に目隠しされて今まで見えなかったのだが、氏は簡素なテーブルに座って、硯と筆を用意してお一人お一人のお名前を認めている様子であった。
――お疲れになるだろうなぁ
テーブルの脇には、氏のお好きな煙草と100円ライターが置いてあった。
おずおずと書いてもらいたい私の名前をメモした紙片を手渡すと
「これは、あなたのお名前ですか」
そう仰るのも無理はない。
私の名前を記した字面は、どうみても男名なのである。
「はい、私です」
氏が次に仰る言葉を待った。
「変わっていますね」とか「男性のようですね」とか、なんでもいいから
「貴方の大ファンです」と言える間が欲しかった。
しかしながら、氏は「ふーーん」といった顔をなさっただけで、とりつくしまもなく、達筆でさらさらと私の名前を書いてくださったのだった。

昨夜、図書館で借りるばかりで手元になかった久世氏の本を、アマゾンにて注文した。
私なんぞ、とりたてての供養にもなりもしないが、心から氏を偲ばせていただきたい。
心から、ご冥福をお祈り申し上げます。
合掌






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【2006/03/03 23:35】 | 未分類 トラックバック(0) |
著名な演出家であり、作家である久世光彦氏が亡くなった。
煙草がお好きな氏のことだから「肺がん?」と思いきや、報道によると突然の死であるという。

氏は私の大好きな作家の一人である。
氏が著書の中で向田邦子氏をあまりに褒めるものだから、私はヤキモチを焼いて、向田氏の著書を頑なに読まなかった時期があるほど好きというより、惚れていた。

久世氏を知ったのは、大阪にいた頃に通いつめていた図書館で借りた
「1934年冬―乱歩」を読んでのことである。
夢中になって読んだ。何度も読んだ。
ついでに、この本に出てくる雑誌「新青年」の紙上を飾った作家たちの著書も、図書館で借りては貪るように読んだ。
私の読書遍歴は、久世氏の影響がかなり大きいのである。

久世氏にファンレターを書こうか、書くまいか。
真剣に悩んだことがあった。
「悩んでいたって仕方ない」と意を決して、便箋を前にするも書き出しが解らない。
なんせ、ファンレターをというものを書いたことがないのである。

「久世先生」
いくら著書を読んでいるとはいえ、いきなり「先生」呼ばわりするのは、ちと行きすぎではないか。
「久世様」
巷の「××さま」の流れと受け取られるのではないか。
文章力がないので、後続の文章でこの誤解を解く自信がない。
「久世さん」
…これではため口である。

結局、一行も書けずにファンレターは諦めたのだが、
2年前の12月のこと。
折りしも、仙台で向田邦子展があり、そこで久世氏が講演をされるという情報を手に入れた。
「いざ鎌倉」の勢いで、新幹線を乗り継ぎ、バスに乗って仙台文学館へ向かった。


夜も更けて参りました。
今宵、夜伽のため、明日に持ち越します。


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【2006/03/03 01:10】 | 未分類 トラックバック(0) |


kurumi
久世さん(私の中では久世さん)亡くなったんや・・・
元ジュリーの追っかけの私は1番美しい時代のジュリーを演出した人ではないかと
思っています。コンサートがあるたびに久世さんの姿をお見かけしてましたし。
それこそ私はいつもジュリーの側にいる久世さんに嫉妬していました。
私はただのファン、ジュリーには何もさせてもらえない、久世さんはジュリーをどうにも
仕立て上げれる。そんな風に久世さんを見てたファンはいたのかな?
お願い!誰か今のジュリーどんなふうにも仕立て上げて~!v-16


senju
演出家としての久世氏の姿をご覧になっていたのですね。
講演で、お茶のコマーシャルに出ている宮沢りえさんを、ずいぶんと褒めていらっしゃいました。
「なんといっても、宮沢りえは可愛い」と。
氏は美しいものがお好きだったのでしょう。また、その美しさを、十二分に引き出す力をお持ちになっていたと思います。
ジュリーさんも、引き出された側のお一人だったのでしょうね。

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