上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

「週末は曇りがちのお天気で、ところによってはにわか雨が降るでしょう」という嫌な予報を覆し、今日のお天気は上々。
そうこなくっちゃ!なにしろ今日は、東北の秋の風物詩「芋煮会」なのである。
職場の仲間と落ち合って、お鍋に薪、食材やビールを持って河原に行けば、すでにたくさんのグループが準備を始めていた。

芋煮会1



「うちらも、早く始めっぺ!」
まず、かまど作り。
河原に下りて、適当な石を拾い集めるのである。


芋煮会2



かまどで出来上がれば、火を熾し、どんどん薪をくべていく。
この時期、薪はコンビニやスーパーで一束300円程度で売られていて、店先に薪が山積みにされた光景は、他所から来た者を驚かせる。
かまどに大きなお鍋をどんと乗せ、次々に食材を投入。
食材は里芋、牛肉、こんにゃく、しめじなどのキノコ類、豆腐、白葱などだが、お隣りのグループはささがき牛蒡もお鍋に入れていたようだ。

芋煮会3

芋煮会5



芋煮は煮物ではなく汁物である。
お味は地域によってさまざまらしいが、こちらでは醤油味で、お砂糖やみりんで多少の甘味をつける。
「おだしはつかわないの?」
「そんなもの、いらね。肉や野菜からいいダシがでっからよ」
小皿にお汁を少しとって頂いてみると、なるほど、いいお味です。

芋煮が出来上がるまで、そこかしこで缶ビールを開ける音がする。
地酒だろうか、一升瓶をふるまっているグループもあり、にぎやかな笑い声が聞こえてくる。
待ちかねた子供たちは、芝の上でサッカーボールを追いかけていた。

里芋が煮上がれば、芋煮会は最高潮をむかえる。
あらためて「乾杯!」し、芋煮をすすれば、一同「いやぁ、うめぇ!」と舌鼓をうつ。
里芋のほっこりしていることといったら!
こんにゃくにいいお味がしみていることといったら!

河原のススキが秋の風に揺れ、見上げれば秋の高く青い空。
東北の秋はかくも美しく、美味しいのです。
スポンサーサイト

【2006/09/30 22:26】 | 未分類 トラックバック(0) |


ゆう
こんばんは。
素敵なイベントですね~。芋煮会って。
秋の食材がたっぷり入って、とても美味しそうです。
お味の方は・・・煮物味の汁物でしょうか。
東北は・・・美味しいお酒にお米っていうイメージがありますが、他にもたくさん美味しい食べ物があるんでしょうね。
一度は行ってみたい土地です。


senju
ようこそ!
おいでいただき、ありがとうございます。
芋煮の始まりは諸説あるようですが、忙しい農家の方々の楽しみであったことは間違いなさそうです。
東北には、本当に美味しいものがいっぱい!
これからも紹介していきたいと思っていますので、ぜひいらしてください。

コメントを閉じる▲
秋の日は釣瓶落し。
一頃よりは寂しくなった虫の音を聴きながら台所に立つと、気持ちがしんとする。
盛大に水道の水を流して食器を洗っても、小気味よくお葱をきざんでも、気持ちの隅っこがしんとしている。

11年前に逝った母を思い出していた。

最後の闘病となった病室で、主治医の診察を受けに行く際に、赤の「ひっぱり」を羽織っていきたいと母が言いだした。
こんな病人くさいガーゼの着物だけでは、気持ちが滅入るというのである。
私は、「60半ばをすぎた老女が、赤いものなんかを着て」と母がバカにされるではないかと心配したが、母の余命を考え、希望どおりにした。
母を車椅子に乗せて診察室に入ると、
「ほぉ、赤い着物ですか」
初老の主治医が、ちょっと驚いたように言う。
やっぱり…、重病人の老人に「赤」?と思われたのではなかろうかと、背中がひやりとした。
しかし、母はにっこりと頷いて
「はい、先生」
両袖口をつまんで、そのまま腕をぴんと張り、ちょうど奴さんだよの格好をとって
「ちょっと色っぽいでしょ?」と首をかしげた。
先生は豪快に笑って、「そうそう、その意気ですよ。がんばりましょうね」と
母を励ましてくださったのだった。
母は膵臓ガンの末期で、その激痛に耐えていたころのことである。

辛かったはずやのに
漫才師とはいえ、そんなにまでして笑いをとることなかったのに

台所の後片付けが終わっても、今宵はやるせなくて仕方ない

【2006/09/29 23:40】 | 未分類 トラックバック(0) |
今夜、突然の飲み会。
昨夜のブログに「悪戦苦闘を乗り越えて」なんて、ご大層なタイトルをつけるんじゃなかったと後悔する。
「書かなくちゃ、書かなくちゃ」と思いながらも、まあ一杯といわれれば、
「このあと、ちょっと野暮用がありまして」と言いつつも、お猪口を差し出してしまうのである。
このくらいでやめておこうと、腹積もりをしているのだが、出された肴がどうもいけない。
「キノコの三種盛りです」と出されたお通し(つき出し)が、天然のマイタケ、アミタケ、ヒラシメジだった。
これだけでも、かるく2合はいける。
「今日のヒラメはいいですよ」
ヒラメは身だけでなく、縁側も大好物。
お店の親方は、憎いくらいに私の急所をついてくる。
「鯖もいい具合に脂がのっています」
と極めつけのお言葉。

悪戦苦闘どころか、ほろ酔い気分で帰ってきました。
明日は棚卸。
お酒が残っては困るので、「ウコンの力」を借りました。

【2006/09/29 00:09】 | 未分類 トラックバック(0) |
9月18日の深夜(日付は19日)に記事を書いてから、今日まで1日も休まずブログの更新を続けている。
実はその日、長男に「あんたの300回更新記録に挑戦するわ」と宣言したのである。
宣言してから始めの2.3日は勢いづいていたけれど、その勢いが日一日と萎びだし、今日あたりですっかり枯渇したようだ。
かれこれ2時間ちかくパソコンの前に座っているけれど、書くべきネタがまとまらない。
大きな綿飴を口いっぱいに頬張っても、口の中でしゅーんと融けてしまうように、どうにも書きようが無いのである。
さきほどからは、綿棒で耳を掃除してみたり、足の爪を切ってみたり、メガネをいつになく丁寧に拭いてみたりしてばかりいる。
世のブロガーたちは、こんなときどうしているのかしら。

吸殻が山と積もった灰皿を見てぞっとする。
おまけに2時間もかかって書いたのは、愚痴ばかりなり。
ええい、今夜はこれきりにして明日に備えようっと!



【2006/09/27 23:23】 | 未分類 トラックバック(0) |


sanatch
お邪魔してみました。
更新300回はすごいですね!
大変だと思いますが、頑張ってください!


senju
おいでいただき、ありがとうございます。
「300回」なんて膨大な数字をあげてしまって、どうしようと思っています。
せめて、具体的な数字ではなく、曖昧に「300回までとはいかなくても、がんばるわ」くらいにごまかしておけばよかった・・・

コメントを閉じる▲
お酒のうえではもちろんのこと、普段の生活上でも私の失敗談は数尽きない。
その失敗の一番の原因は、どうやら私の思い込みの強さにあるようだ。

先日、ある知人と「本」の話題になったときのこと。
私が「井伏たるじの本って、読んだことないわ」と言うと、知人はきょとんとした顔をしている。
やや間があって、「ねぇ、それって井伏鱒二の間違いじゃない?」
私は今まで、「鱒二」の「鱒」が、魚偏ではなく木偏だとずっと思い込んでいたのである。

私以上に思い込みが強かったのは、私の母である。
私は結婚する前まで、オフコン(懐かしい言葉です)のプログラムを組んでいて、外注で仕事を受けることもあった。
ある日、「ピーエスケー」という小さなソフト会社の柿崎さんとおっしゃる方が、私に仕事を出してくださることになった。
携帯電話などない時代のことだから、柿崎さんは我が家にお電話をくださった。
あいにく私は留守にしており、電話口に出たのは母だった。

「ピーエスケーの柿崎です」

カタカナが混じった言葉を聞いて、大阪の漫才師だった母は芸能プロダクションか、あるいは同業者からの電話だと思い込んだのだろう。

「おはようございます。ピー助師匠ですか」
「はぁ?いえ、柿崎ですが」
「え?ピー助柿の木さん?」
「…、あの、プログラムのことでお電話したのですが」
「ああ、ブロマイドのことですね、それやったら2.3枚、送らせてもらいますけど」

後日、私は柿崎さんに我が家の事情を話し、平謝りに謝った。
柿崎さんは「いえいえ」と言いながら、手をちいさく顔の前で振って折られたが、どう見ても、笑いをこらえるのに苦労されている様子だった。

私のとんだ思い込みを、ブログに載せて世に発信しては、恥ずかしくて外も歩けなくなる。
というわけで、本棚の隅っこに追いやられていた広辞苑が、パソコンの隣りに
御座す今日この頃である。

【2006/09/26 22:45】 | 未分類 トラックバック(0) |
大阪に住む友人に枝豆を送ったところ、「美味しかったわ!」とのメールが届いた。
今年のお盆休み、一緒に温泉三昧をした友人からである。
「東北を旅行したことが思い出され、なつかしく思いました」とも書かれてあった。
先月のことなのに、ちょっとおおげさじゃない?と思ったけれど、枝豆も温泉三昧も喜んでくれていたのが何より嬉しい。

その旅行の最中に、彼女がこんな話をしてくれた。
彼女の息子さんが、深夜に2.3人の友人を連れて帰ってきた。
食事は済ませてきたということだったので、彼女は早々に自分の部屋へひきあげた。
翌朝、息子さんの部屋はしんと静まり返っていて、いまだご就寝の様子。
一晩中、部屋から賑やかな声が聞こえていたのだから無理はない。
きっと、お腹を空かせて起きてくるだろうな
そう考えた彼女は、おにぎりを作ってテーブルに置き、慌てて仕事に出かけた。
仕事が終わって帰宅してみると、テーブルの上のメモ紙に、几帳面な文字でメッセージが書かれてあった。
「とても美味しいおにぎりでした。ごちそうさまでした」
「男の子なのにねぇ…。すごく嬉しかったよ」と彼女はしきりに感心していた。

3年前の夏に、ハンガリーへ行った。
ブタペストのホテルで5泊したのだが、毎日ベッドメーキングをしてくれる係りの人にお礼を言いたかった。
係りの人は私が留守の間にお世話をしてくれるのだから、お礼のメッセージを残したいのだが、あいにく言葉がわからない。
英語にしたって通じるかどうか、私の英語力ではかなり怪しい。
なにしろ、海外旅行は初めてなのだ。
考えた挙句、何かの役に立つかと持っていた折り紙で、毎日、鶴や風船、奴さんを折ってベッドに置くことにした。

あの鶴や奴さんが、ちょっと気の利いたメッセージになったか、あるいは、日本の怪しげな『おまじない』ではないかと訝しく思われていたか、今では知る由もないけれど。

【2006/09/25 23:14】 | 未分類 トラックバック(0) |
今日は朝から絵に描いたような秋晴れ。
昨夜より息子たちに「部屋に溜めている汚れ物は、すべて提出するように」と申し付けてあったので、洗濯籠は満杯だった。
洗濯機を2度3度と回し、洗いあがったシャツやバスタオルを竿にずらりと並べて干せば、「してやったり!」という気分になる。
案外、主婦の幸せなんて、なんでもない日々の細部に宿るのかもしれない。

南の窓を大きく開けると、とんびが2羽、空高く悠々と旋回していた。
アキアカネが薄い羽をちちと震わせて飛ぶのも、黄金色に色づいた稲穂がうなだれたまま風に揺れるのも、秋の青い空によく似合う。
こんなにきれいな日だから、誰かれ問わず出かけたい。
かすかな期待をこめて軽く化粧をほどこしたけれど、暇を持て余す友人などいないとみえて「待ち人」来たらず。
「ええい、それなら仕方ない」とばかりに、買い物に出かけた。

吹く風はからりと清々しく、田んぼから運んできたのか、かすかに香る稲穂の匂いがやさしい。
あまりに気持ちが良いので、つい図書館まで足をのばしてしまった。
大好きな久世光彦氏と向田邦子氏の本を5冊借りて、すっかり気分をよくしたのはいいのだが、すでに自転車の籠は重い。
この上、買い物をするとなると…

ふらつきそうになる自転車の前籠を必死に抑え、肩で息をしながら帰宅。
あわてて洗濯物を取り込んでいると、気持ちよく乾いたシャツからは洗剤の残り香にまじって、お日様の匂いがする。
このシャツに袖を通すとき、息子たちは微笑んでくれるだろうか。

【2006/09/24 21:54】 | 未分類 トラックバック(0) |


hannyano1
本当に主婦の幸せって、些細なものですね(^0^)
私も、天気が良いと盛大に洗濯をし、布団を干し・・・・
この些細な事を幸せと感じられことが大事なのかもしれませんね(笑)

自転車のかごには
ricco55
こんばんは、ご訪問&コメントをありがとうございます♪
主婦は元気じゃないと勤まりませんね。
自転車の前かごだけでなく後ろの荷台にまで‥本当大変です。
ふらふらしながら私も自転車で橋の坂をあがって毎日パートに行っています。v-410
大事な家族の為ガンバリましょう♪
また遊びにきます。


senju
hannyano1さん、おいでいただきありがとうございます。
家事全般を楽しめる主婦になりたいと思いますが、なかなか・・・
また、いらしてください。

コメントを閉じる▲
そろそろブログを書かなくてはと思いながら、ついテレビに夢中になってしまった。
もともとテレビ好きではないので、めったに番組にのめり込むことはないのだが、興味深い女性達の活躍を(面白可笑しくし過ぎた部分もあったが)紹介していたので、最後まで付き合うことになったのだ。

戻り鰹のお刺身を肴に、かるく一杯のはずだったのに、テレビを観ながらちびりちびりと2時間。
ほろ酔いを通り越して、今じゃ一丁上がり!である。

予報では、明日の最低気温は9度。
今夜は厚めのお布団を引っ張り出さないといけない。
お彼岸の中日でこれだもの、さすがは東北よねぇ。

明日はきっと真面目に書きます。

【2006/09/24 00:22】 | 未分類 トラックバック(0) |
大阪からこちらへ越してきて、来年の2月で丸5年になる。
おかげさまで、スーパーに出かけても、ゴミ一つ出しに行っても、誰かしら声を掛けてくださるようになったが、越してきた当初は、こうではなかった。

もうこんなところはイヤ!明日こそ大阪へ帰ろう。
「はよ、帰ってきぃや」
友達の言葉が担保になるじゃないか。
息子たちはきっと分ってくれる。
「いやあ~、やっぱり大阪に面倒みてもらうわ」と冗談めかしてしまえばいい。
いつ降り止むのか知れない雪が恨めしく、上りの新幹線を見てはため息をついていた。

大阪へ帰るチャンスを逃しているうちに、東北に越してきた記念植樹と称して、庭に植えた枝垂桜が三年目に花をつけ、物置小屋の隣りに、ひとりで芽を出した合歓の木がずんずんと大きくなった。
桜や合歓に、自分の人生を引き換えるほどの責任を感じなくてもいいのだろうが、うんと力をためている彼らがいじらしい。
その頃から「もうちょっとだけ、ここにいようかな」と思うようになった。

東北には「三泣き」という言葉があると聞いた。
余所者が東北に越してくると、最初は馴染めなくて泣き、馴染んで知る人情に泣き、やがて東北に別れを告げるその辛さに泣くという。

今夜、お知り合いになった農家の奥さんから電話を頂戴した。
「今年のお米はどうですか」と訊くと
「んだなぁ、収穫してみないとわかんねぇけんど」
彼女は、我が家の息子たちが無類の米好きだということをご存知である。
「うちの米さ、買うか?」
訊けば、価格はスーパーより格安で、ハイクオリティ。
ええ、ええ、もちろん!
でも、10キロ、20キロ、彼女の家から我が家まで、そんなに重いものをどうやって自転車で運ぼうか。
「運んでやっから、心配いらねぇ」
それではお商売にならないでしょうと言うと、
「新米はうめぇから」

私は二番目の「泣き」に泣きます。


FC2blog テーマ:エッセイ - ジャンル:小説・文学

【2006/09/23 00:59】 | 未分類 トラックバック(0) |

人情、いいなあ~
ジェロ夫
スゴくいい話です!
思いやりのある人付き合いができていて羨ましいです。

コメントを閉じる▲
私の職場では、毎朝の朝礼で「あいさつ」の一斉唱和を行っている。
「おはようございます」
「いらっしゃいませ」
「ありがとうございます」
「失礼します」
「こんにちわ」
「こんばんわ」
唱和の効用がいかなるものかは知らないが、こうも事務的になっては「あいさつ」も、とんだ「ごあいさつ」になってしまわないかと気にかかる。

息子たちが幼い頃から、「どなたにお会いしても、挨拶だけはきちんとするように」と教えてきたつもりである。
とくに、大阪から東北に越してきてからは、「私たちは余所者」という負い目もあって、神経質なくらいに息子たちに言い聞かせてきた。
おかげさまで、隣組の会合では「息子さんの挨拶、気持ちがいいわね」と過分のお褒めをいただき、嬉しかった反面、律儀に私の言い付けを守っていた息子たちがちょっと可哀想になった。

とても素敵だなと思う「あいさつ」がある。
「ごめんください」がそれである。

次男が保育園に通っていた頃、次男の急病を伝えるために園に電話をいれた。
電話口に出たのは園長先生。
「というわけで、お休みさせていただきます」
「よくわかりました」
「それでは、失礼します」
と私が言って、相手が受話器を置く音を待っていると、先生がおっしゃった。
「ごめんください」

なんてやわらかくて素敵な言葉なのだろう。
ぜひとも真似たいと思ったが、どうも身にそぐわない。
こっそり練習を重ねて、すんなり言えるようになったのは(身にそぐうかどうかは別にして)つい最近である。

もう一つ、かねてから真似たい「あいさつ」は「ごきげんよう」。
これはなかなか難しい。
セレブ族の専門「あいさつ」なのではないかしら。
となれば、どう逆立ちしたって、私なんぞは消化不良をおこすに決まっている。

せめて、「おはようございます!」に満面の笑みを添えよう。
身の丈、精一杯に。
なにより、私自身が元気になるから。


【2006/09/21 23:20】 | 未分類 トラックバック(0) |
最初に、昨日のブログ「尋ね人」にお答えを下さった方、本当にありがとうございました。
曲名が「黒の舟唄」と解ったことによって、いろいろ調べることができました。
歌っていたのは、長谷川きよしさん、盲目のシンガーで黒いサングラスをかけていたこと。
作詞は野坂昭如さんだったこと、加藤登紀子さんや桑田佳祐さんも歌っていること等。
「黒い人」の謎が解けたうえに、新たな発見もあり、ほんとうにすっきりしました。

                 ★


今夜もなつメロネタで申し訳ないが、最近、ザ・ピーナッツの「ウナ・セラ・ディ東京」がいいなぁと思う。
これもたまたまテレビを観ていて思い出したのだが、あらためて、歌詞がすてきなことに驚かされた。
この曲は私が小学校にあがるかあがらないかの頃に流行った曲で、家でよく歌った記憶がある。
しかし、いくら小生意気だったとはいえ、子供に理解できるような歌詞ではない。
ただ単に、台所でお葱を刻んでいる母や洗濯物を取り込んでいる叔母とはちがう、大人の女の人に憧れていたのだろう。


    哀しいことも ないのになぜか
    涙がにじむ
    ウナ・セラ・ディ東京 ム・・・
    いけない人じゃ ないのにどうして
    別れたのかしら
    ウナ・セラ・ディ東京 ム・・・

    あの人はもう 私のことを
    忘れたかしら とても淋しい
    街はいつでも 後姿の
    幸せばかり
    ウナ・セラ・ディ東京 ム・・・


「いけない人」というのがいい。
「あんなやつ、サイテー!」なんていうヒステリックな断罪の匂いがしない。

「街はいつでも 後姿の 幸せばかり」
不幸癖のある女の、切ないフレーズである。

普段は長男オススメのロックが気に入っていて、会社では「ロック好きのオバサン」でとおっている私。
なつメロにほろりとくるのは、年のせい?
いやいや、秋という季節のせいにしておこう。









FC2blog テーマ:エッセイ - ジャンル:小説・文学

【2006/09/20 22:24】 | 未分類 トラックバック(0) |
特別気に入っているわけでもないのに、頭の中で、一日中同じ曲がリフレーンすることがある。

つい先だってのこと、TVで「あがた森魚」さんが代表曲(なのじゃないかしら)である「赤色エレジー」を歌っていらした。
この曲は、たしか私が中学1.2年のころに聴いたと思う。
子供であった私は、この曲の哀調から異国のうら寂しいサーカスを連想し、「あがたもりお」というお名前までが、ちょっと不気味に思えたものだった。
ところが、うんと年を重ねてから、あらためて「赤色エレジー」を聴いてみると
「ええやんか!この曲」
哀調はうら寂しい異国のサーカスではなく、今の私が持っている「大正」のイメージだったのである。

リフレーンしているのは「赤色エレジー」ではない。
私の頭の中で、「あがた森魚」さんの後ろにいる人の曲で、曲名はわからない。
歌っていた人の名前も思い出せない。

男と女の間には
深くて暗い川がある
だれも渡れぬ川なれど
えんやこら 今夜も船をだす
row and row
row and row
ふりかえるな row row

子供の頃の記憶であるから、正確ではないかもしれない。
ただ、「黒い」人が歌っていたような気がする。
2番だったか3番だったか、

おまえが17 俺19
忘れもしない この川に
○×△□ ○×△□(ここのところはまったく思い出せません)
流して泣いた 夜もある
row and row
row and row
ふりかえるな row row

昭和テイストな歌詞だけれど、今になって妙に惹かれてしまった。
もういい加減、リフレーンを止めたいのに、まだなり続けている。
困ったので友人にメールで訊いてみたら、「なんやその曲?」と言われる始末。
どなたかご存知ありませんか?


【2006/09/19 23:45】 | 未分類 トラックバック(0) |

お礼に
nesu
ご訪問いただきありがとうございます。
淡々とした書き方は真似したくなる文体です。
真似ようにもウデが無いので叶いませんが、参考にします。
それにしても、何処でどう間違えて私のブログを知ったのか不思議です。
1日2~3名の訪問者しかいないのに・・・
辺境(偏狭)歩きがお好きなのでしょうか。(笑)

お礼と言うにはナンですが・・・・
足跡代わりに、
http://www.mahoroba.ne.jp/~gonbe007/hog/shouka/kuronofunauta.html
「黒の舟唄」
お前が十七 俺十九
忘れもしない この川に
二人の星の ひとかけら
流して泣いた 夜もある
Row and Row
Row and Row
振り返るな Row Row


コメントを閉じる▲
飲み会に出かけた長男が、上機嫌で帰ってきた。
DNAをきちんと引き継いだか、彼はめっぽうお酒に強いらしい。
飲み会に出かけた日には、面白かったことや失敗談を聞かせてくれる。
それはそれで非常に喜ばしいことなのだが、私が肝を冷やすのは、その飲み方である。
今日も今日とて、「日本酒は大きい徳利が3本、あ、その前に生ビールを2杯、赤ワインを一杯、えーっと、後はチューハイを何杯か飲んだかな」と
けろりと言う。
私が「親の顔が見たいわ」とつまらない冗談を言って笑っていると、突然に
「おかん、ブログは一所懸命に書きや~」とのたまう。

お酒の力というのは大したもので、頑なに閉ざしていたらしい彼のプライベートをゆるりゆるりと解しだす。
どうやら、長男もブログを書いていたようなのである。
しかも、売れっ子とまではいかなくとも、常時、70~80人の人が読んでくれているのだとか。
悔しいけれど、羨ましかった。

「で、あんたはどこでブログをやってんのん?」
「ふふん、内緒に決まってるやん」
彼は私のブログを知っている、私は彼のブログの得体を知らない、それはどうも釈然としないので抗議すると
「身近な人が読むとなると、言いたいことも言えなくなるやろ?ま、そういうこと」
それでは答えにならぬ。
くっそー、面白くねぇな。

ゆるくなった彼の口に拍車をかけるため、缶ビールを提供すると、
「去年の秋から始めて、すでに300回近く更新したで」との供述を得た。
うう、凄い!
「おかんも頑張りや~」
回らぬ舌でも、はい、説得力あります。



FC2blog テーマ:エッセイ - ジャンル:小説・文学

【2006/09/19 01:41】 | 未分類 トラックバック(0) |
昨夜、近所のお寿司屋さんに出かけた。
お店が空いていた事もあり、カウンターでお店の親方さん、女将さんとほろ酔い気分で世間話をしていた。
お店は10時まで。
9時半をすぎて、そろそろ腰をあげようかと思っていた矢先、「おばんです。まだ、よろしいですか?」と遠慮がちに二人の老婦人がお店に入ってこられた。
親方も女将さんも気のいい人たちなので、「どうぞ、どうぞ」と愛想よく応えて、お二人をカウンター席にとおされた。
カウンター席は8人掛け、老婦人が先客の私に会釈してくださるので、慌てて私も会釈を返す。
上品で落ち着いた感じのご婦人たちであるが、なにかしらウキウキした様子が伺える。
お二人とも、髪をきれいにセットし、地味ではあるが仕立ての良いお洋服をお召しになっていた。
お酒の力なのか、それとももともと図々しい性格のせいなのか、私がついご婦人たちに「どちらかへお出かけだったんですか?」と尋ねると、一人のご婦人が、よくぞ訊いてくれたとばかりに
「ええ!コンサートに行ってきたんです」と嬉しそうに答えてくださった。
「いいコンサートでしたか?」
「ええ、それはもう!サービスもすごく良くって、アンコールに3曲も歌ってくださったのよ!」
いまだ興奮さめやらずといった口調から、そのコンサートがいかに素晴らしかったか容易に想像がつく。

「ねえ、何をいただく?私、あまり沢山はいただけないんだけど」
「私、トロにしようかしら。いえ、お医者様に叱られるから、中トロにしておくわ」

小声でお話しされているのだが、あいにくお店が空いているものだから、筒抜けである。
そして、お茶を一口。
「ああ、美味しい」
コンサートの余韻に浸るお二人の耳には、控えめだが、きれいなイヤリングが光っていた。

閉店5分前に「どうもごちそうさまでした」と丁寧にお辞儀をして帰られたお二人。
空いたカウンター席には、香水とか化粧品といったけばけばしいものではなく、いくつになっても変わらない女性の可愛らしさが香っていた。

【2006/09/16 00:31】 | 未分類 トラックバック(0) |
伸びやかな声を響かせて、鹿が鳴く。

鹿踊り4


やがて、腹に下げた太鼓を勇壮に打ち鳴らしながら、見事な足裁きで鹿が踊る。

鹿踊り1


黒く長い髪を振り乱し、角の間から長く突き出た「ささら」を揺らして、鹿がはねる。

鹿踊り3


9月9日。
岩手県花巻祭りで見た、地域の平安祈願と悪霊を退散させる舞「鹿踊(ししおどり)」である。

花巻祭りは9月第二土曜日を挟んで、三日間行われる。
400年の歴史をもつこのお祭り、市町村合併で人口がやっと10万になったという花巻市も、この時ばかりは30万の人出でにぎわうと聞いた。
「鹿踊り」に続き、「樽神輿」と「風流山車」が練り歩く沿道は、地元の人と観光客でごった返していたが、京都の祇園さんや大阪の天神さんとはちがって、のんびりとしている。
不気味なほど黒くて長い髪を持ち、恐ろしい形相の鹿が舞う「鹿踊」は、これなら悪霊も退散するだろうと、その昔の人たちは頼もしく思ったにちがいない。
そして、なぜだろう、その素朴な想いは、大阪人の私にもどこか懐かしかった。

花巻祭りは、老いも若きも家族総出で行われるものだから、
「うちん(家)なか(中)さ、みな空っぽだべぇ」と地元の人はビールを片手にからからと笑う。
「そんな物騒な!」と言いかけたが、思い直して東北訛りを真似てつぶやいてみる。
「そったら家さ来るぬすと(盗人)、豆腐の角さ頭ぶづけて死んじまうといいべ」

「風流山車」のお囃子は、太鼓と笛、その上三味線も入るから「雅」な風情があった。
お祭りの最終日を見ずに帰ってきたのだが、帰りがけのタクシーの運転手さんが仰るに
「最終日のお祭りは早めに終わります。だんだんと人が引けていって、お囃子が遠くに聞こえると、ああ祭りが終わったなと思います」

今宵あたり、花巻はしんと眠っているだろうか。



*鹿踊の鹿被りは、重さ15~16㎏あるそうです

【2006/09/10 23:29】 | 未分類 トラックバック(0) |
ブログを始めて、大方1年になる。
休み休みであったにせよ、よくまぁ続いたものだと我ながら感心する。

流行の言葉でいうなら、モチベーションというのか、始めた頃は意気盛んで
あれも書こう、これも書こうと、さっさと家事を済ませてはパソコンの前に座り込んだものだった。
さていよいよ書くネタに困りだし、新聞やニュースに釘付けになった日々。
そうなれば、段々とブログを更新するのが重荷になってきた。

ブログはもともと気軽なものであり、私みたいに四角四面に考える必要はないのだろうと思う。
しかし、悲しいかな、お気軽お手軽を罪悪と感じる世代である私は、いくらそう自分に言い聞かせても、いざ書くとなれば2.3時間はうんうんと唸る始末なのである。

「毎日」は淡々と過ぎる。
朝6時から夜の11時頃まで、仕事と家事全般に追われては、1日が長いように思われるのだが、その1日1日が1年にまとまってしまえば、その速さに愕然とする。
そんな日々の隙間に思うことを書き綴れたら、あっという間に過ぎる時間の尻尾を捕まえることができるかもしれない。
捕まえた尻尾を手繰り寄せると、ささやかながら新しい発見があるのではないか。
そんな期待をブログにかけていた。

今までの記事を読み返してみると、穴があったら入りたくなるくらいお恥ずかしいものばかり。
それをネットに乗せて配信するなんて、どこの誰とはわからないIDだからこそできた芸当だと思う。
だったら、ブログじゃなくて、日記帳にでも書いて手元におけばいいじゃない?
そうそう、その通り!
しかし、難儀なことに、私は自分のブログをとおして「その気持ちわかるなぁ」と、どなたかの共感を得たいと思うようになってきたのである。

ちっとも増えない訪問者。
息子たちが笑うので、「いつも来てくれている人がいるもん!」と応戦すると
「おかんの友達やろ?サクラばっかりやん」と憎らしいことを言う。

よく見かける光景だが、賑やかな町の片隅に、人目につかぬ埃臭い小さな商店がある。
こんなものを売ってお商売になるのかしらと、疑いたくなるようなお店である。
お客さんが入っているのを見た試しがない。
どんな人が店主なのかさえも、分からない。
私はその店主だ。
ひがな1日、店の前を通り過ぎる人を眺めて、ちょっと諦め気分になっている。

おやおや、こんな時間。
愚痴をこぼしている場合じゃない。
明日も息子のお弁当を作らなくては。
おやすみなさい



FC2blog テーマ:エッセイ - ジャンル:小説・文学

【2006/09/06 00:32】 | 未分類 トラックバック(0) |


國東螢介
ブログ1周年おめでとうございます
私は一足お先に1年経ちましたが、いい加減でお気楽なままです^^;
書くことがないとき、気分の乗らないときは書かないをモットーにやっているせいか更新は不定期ですが、だからこそ続けられていると思い日々だらだらと書いております
これからちょくちょくと顔を出しますのでよろしくお願いしますね


senju
ご丁寧にありがとうございます。
「継続は力」なんて、都合のいい解釈ばかりして更新しているような次第ですが、これからも宜しくお願いします。

コメントを閉じる▲
「青春18きっぷ」の旅から、長男が帰ってきた。
昨夜のうちに長男から「家に帰った日の晩御飯に、肉はやめてな。旅行中はずっと『吉野家』やってん」と聞いていたので、秋刀魚の塩焼き、きのこご飯、筑前煮、オクラ納豆にアサリのお味噌汁といった献立で、一週間ぶりに親子三人で食卓を囲んだ。

長男は納豆の糸を引きながら、「普通列車を乗り継いで、宇都宮、東京、浜松、京都、大阪、奈良と回ってきた」と、こともなげに言う。
気の向いた駅で途中下車をしては、ぶらりと2.3時間、面白そうなところを見て歩いたのだそうだ。
食事中であるにも関わらず、彼は「ほら、足に『まめ』ができたで」と旅の勲章を披露するのであった。
まったくもう、お行儀の悪いことといったら!

6時間、7時間と鈍行に揺られて行くうち、乗客たちがそれぞれの生活を背負って、次々と列車を下りては、また新たに乗ってくる。
そんな光景を目の当たりにした彼は、何かを感じ取ったのだろう。
「身の回りのこと、一つ一つ、ちゃんとせなあかんな」と思ったという。
それと、痛烈に思ったらしいのは
「日本って、ええ国やな」

古巣である大阪に着いた時、腹痛に見舞われるというアクシデントがあったものの、初めての一人旅は、彼にとって貴重な体験になったようだ。
この度の「青春18きっぷ」旅行、医療費という予想外の出費を除いて、かかった経費はなんと25000円也。
いやはや、貧乏学生でないと出来ない芸当である。

「可愛い子には旅をさせろ」
なるほど、いいお土産をもらいました。

【2006/09/02 22:41】 | 未分類 トラックバック(0) |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。