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先週の日曜日、職場の同僚から「銭湯さ、いぐか?」とのお誘いがあった。
私はお風呂屋さんが大好き!盛大に尻尾を振って、迎えにきてくれた彼女の車に乗り込んだ。
お風呂屋さんは、ゆったりつかれる大きな浴場とは別に、サウナ、塩サウナ、スチームサウナ、ジェットバス、日替わり湯、大人10人はかるく入る露天風呂までそろえてあり、入浴料500円支払えば、時間の許す限り、ゆったりとくつろげるスペースとなっていた。

次男が乳飲み子のころ、我が家にはお風呂がなかった。
そこで毎日お風呂屋さんのお世話になるのだが、赤ちゃんのためにお湯の新しいうちが良かろうと、開店したばかりの夕方4時頃に出かけたものだった。
今から16年前の話だが、そのころ既に、赤ちゃんをお風呂屋さんに連れてくる人は私くらいなもので、番台で入浴料を支払っているうちから、周囲の人の視線を感じる。
夕方4時頃、お風呂屋さんに来ている人たちといえば、大抵がお年寄り。
脱衣箱の上にしつらえてある木製のベビーベッドに次男を寝かせると、お年寄りたちがわっと集まってきた。
「いやぁ、お風呂屋さんでややこ(赤ちゃん)見んのん、何年ぶりやろか」
「ほんまほんま、いまどき、だぁれも連れて来はれへんもんな」
―― そない言われても、うちにお風呂ないさかい…
お風呂に入れば、またまた大変。
次男の身体を洗っていると、
「わて(私)の若いころは、そんな風に洗えへんかったわ」
「ああ、ガーゼで口の中も洗ってやらんと。え?そんなことせえへん?
 ふ~ん、わての娘がややこやったときは、そないしたけどな」
聞けば、その娘さん、もうすぐ還暦なのだそうで、60年前の育児をいきなりご教授されても、こちらは困惑してしまう。

お風呂屋さんへいくたびにちょっとした騒ぎになるのだが、たくさんの人情もいただいた。
「ややこ、見といたるさかい、ゆっくりお風呂に入っといで」
私がお風呂に入る間、いつもは番台の女将さんに次男を見てもらうのだが、
毎日毎日、女将さんに預けるのも気がひけるだろうと、お風呂上りのお年寄が子守りを買って出てくださった。
そのお気遣いが、どれほど嬉しかったことか!
お言葉に甘えて、長男とお風呂場に戻るが、次男が泣いてお年寄を困らせているのではないかと気が気でない。
お風呂場から背伸びしいしい、湯気の向こうの脱衣所を覗いてみると、次男を抱いたお年寄の周りには2.3人の人が集まって楽しそうに笑っておられた。

ゆったりとした露天風呂につかりながら、ふと考えた。
いまでも、お風呂屋さんに赤ちゃんを連れて行く人はいるのだろうか。
もしここに、乳飲み子を連れた若いお母さんが入ってきたら、私を含めた周囲の育児経験者は、彼女に手を貸すだろうか。
そういえば、ここの脱衣所でベビーベッドは見かけなかったような気がする。
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【2006/11/30 23:46】 | 未分類 トラックバック(0) |
このところ、いつ降りだすかヒヤヒヤしながら見ている天気予報、明日の予報にはいよいよ雪だるまが登場した。
地元の人が言うには、年内の雪は根雪にならず、積もってもすぐに溶けてしまい、「年明けからが酷い」のだそうだ。
去年は12月から雪がずっと降り続いたが、それは滅多に無いことであって、そうそう大雪の年が続くことはないだろうとのこと。
そういえば、一昨年のお正月に庭先で「ふきのとう」を見つけたことがある。
「こいつぁ春から縁起が良いわい」と喜んで料理したが、お正月明けからは雪かきに追われる羽目になった。

こんな話を大阪に住む友人にすると、薪の煙が立ち上る、山間にひっそりとたたずむ民家に私が住んでいると想像するらしく、
「そんな寂しいとこ…。早よ帰っておいでぇな」と、さも気の毒そうに言う。
そこで、我が家から新幹線も止まる駅まで徒歩15分であること、家の裏に広がっていた田んぼは宅地に変わり、今では新築ラッシュになっていることを告げると、「ふ~ん」と明らかに拍子抜けした様子だった。

私の憧れである茅葺屋根、土間と囲炉裏といった昔ながらの民家は、地元でもそうそうあるわけではない。
仮に、そんな民家に住んだとしても、茅葺屋根のメンテナンスには数百万円の経費がかかると聞いた。
夜更け、障子一枚隔てた外は氷点下。
アルミサッシの無い部屋では布団に入っていても、お風呂上りの乾ききらなかった髪は凍り付いてしまう。
古民家は、軟弱で甲斐性なしの私に厳しすぎる家なのだ。

それでも古民家に対する憧れはなくならない。
「古民家を改造して作った家」なんてのが雑誌で紹介されているのを見ると、実に羨ましい。
いつか見ていろ、私だって!
負けん気が強いのはいいとしても、腰が曲がらぬうちに願いを叶えたいものである。





【2006/11/29 23:15】 | 未分類 トラックバック(0) |


ゆう
こんばんは。
もう、雪だるまが登場しているのですね。
私は不精者でして、ストーブをまだ出していません。我慢できなくなるまで、頑張ってみるつもりです。
茅葺き屋根の古民家、素敵ですね。夏は涼しくて快適に過ごせるでしょうが・・・・冬は大変そうですね。
南国宮崎や鹿児島では?と思ったのですが、こちら九州は台風の通り道。
う~ん。どっちもどっちでしょうか・・・。



senju
ゆうさん、こんばんは。
九州も魅力的なところですね。
私は夢野久作が好きで、久作に浸ろうと福岡に行ったことがあるのですが、中洲の屋台の楽しいこと!すっかり目的を忘れて遊んでしまいました。
古民家もいいけれど、博多の人情。大好きです。




ゆう
こんばんは。
福岡に、夢野久作さんとおっしゃる作家さんがいらっしゃったんですね。初めて知りました。
勉強になります。
福岡の屋台は私もお気に入りです。OL時代の職場が天神でして、残業した帰りに寄って帰ってました。冬は、おでんに日本酒。締めにラーメンです。懐かしいです。
あと・・・この時期になると、無性に博多水炊きが食べたくなります。
私は大阪が大好きで(友人もいるので)、よく遊びに行ってました。今年も行く予定でしたが、夫の入院で先延ばしです。美味しい物がたくさんありますよね。代表的な、たこ焼きとお好み焼き・・・とっても美味しいです。体重が1~2k増えます。
来年こそは行けるよう頑張らなければ。


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突然の部署移動があったせいか、最近どうも気疲れが先行するようだ。
仕事だから文句は言えないが、たとえば1÷3=0.3333・・・のような歯切れの悪さが蓄積されていくようで、どうにもまいってしまうが、年のせいだと認めたくないので会社のせいにしておく。

今日こそは早く寝よう。
しかし、こんな愚痴めいた記事も300回のうちの1回にしてしまおうという魂胆、あからさまで恥ずかしいなぁ。


【2006/11/28 23:28】 | 未分類 トラックバック(0) |
今夜の夕飯は「豚ちり」
昆布だしを張った土鍋に、白菜、菊菜、お豆腐、糸蒟蒻、椎茸などのお鍋の定番材料と豚肩ロース肉を入れ、ぽん酢でいただく。
材料を切るだけで、「お料理しました」とは言い難いけれど、忙しい身には実にありがたい。

卓上コンロでは火力がいま一つなので、お腹を空かせた息子たちがすぐ食べられるようにと台所のガスコンロで下煮をする。
いい具合に土鍋が温まってきたころ茶の間に移すのだが、つい横着をして、着ていたトレーナーの袖を引っ張りミトン代わりにして土鍋を運んだ。
「熱っ!熱っ!」
あわや土鍋を落としそうになったが、もったいない根性旺盛の私、そんなへまはしでかさない。
しかし、水ぶくれができてはかなわない、水道水で指先を冷やしていると
「おかんが熱い言うくらいやから、よっぽど(土鍋は)熱かったんやな」と長男が言う。

炊きたてのご飯をおにぎりにしたり、アイロンの底に指先をあて温度をたしかめてみたり…、そんなことを長年しているうちに、私の手は少々の熱さになら耐えられる主婦の手になっていた。

初めてデートをしたのは、15歳の冬、近所の公園だった。
互いに高校受験間近で、それでなくても会話は途切れがちなのに、「勉強、すすんでる?」といった類の、返答に窮するような話題ばかりが交わされた。
私は段々と居辛くなって、家に帰りたくなってきた。、
大阪とはいえ、2月の寒さはかなりのものである。
指先が痛いほどにかじかむので、「はぁー」と息を吹きかけると
「手、冷たいねんな」と男の子が言った。

冷たかった私の手は、やがて冬の外気に凍えた幼い息子たちの両手を包んで暖め、布団に入っても寒くて寝付けない息子たちの足を暖める「お母さんの手」になっていた。
暖めてもらいたい手から暖めてあげたい手に、年をとるのはそう悪くないのかもしれない。



【2006/11/28 00:11】 | 未分類 トラックバック(0) |


kurumi
おひさ~!12月5日、きっぺいで忘年会やで~!


senju
お久しぶり!
忘年会、いいなぁ~行きたい!
でもなぁ、夏から秋にかけて遊びすぎたので、おとなしくしていないと…
みんなによろしく言っといてな!

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朝のワイドショー番組で「今朝のおめざ」だったかな、お菓子を紹介するコーナーがある。
私は酒の肴には目がないが、甘いものには無関心。
気になったのは「おめざ」という言葉である。

父が交通事故で亡くなった後、母は姉と私をつれて実家に戻った。
母の実家は祖父、叔父の家族、祖父のお弟子さん(何人くらいいたのか思い出せない)、とにかく大人が大勢いる家だった。
仕事に出かけるとき、インパネスを着た祖父が、玄関でお弟子さんの差し出す中折れをかぶる仕草を、どうしたわけか今でも覚えている。
祖父が玄関をでるとき、家中の者がずらりと並んで「いってらっしゃいませ」と大袈裟なことをするのだが、身体が弱く陰気な子供だった私は大抵列の隅っこにいた。
祖父の機嫌が良いときに限っただろうが、祖父は私を「こっちにおいで」と呼んで、私の手指をコップ形に握らせた。
「お土産みっつ、たこみっつ」
祖父は歌うように言いながら、大きな人差し指でその小さなコップの口をつつく。
陰気な子供は照れくさくて嬉しくて、くすぐったくて首をすくめると、大きな祖父からは仁丹の匂いがした。

朝、目がさめると一番にすることは、枕元をさぐることだった。
指先にカサリとした紙の感触があると、「しめた!」
飛び起きてみるとそこに「おめさ」がある。
「おめさ」は枕元に置いてある、半紙に包まれたお菓子のこと。
「おめさ」を食べるときだけは寝間でも良いとされていて、布団に入ったままお菓子を頬張ることは、子供にとって無礼講を許されたひと時なのだった。
半紙の中身はなんだったかな、「おかき」や「あられ」などのありふれた干菓子だったと思うが、お行儀の悪いことを許されているという開放感のせいか、わくわくするほど美味しかった。

広辞苑で調べてみると、「おめざ=子供が目をさましたときに与えるお菓子の類」とある。
「おめさ」がないところをみると、「おめざ」が正しいのだろうが、祖父が半紙に包んでくれたお菓子(きっと宴会の残りものだったろう)は、家内に限り「おめさ」と言うことになっている。

寝入った子供の枕元にお菓子をそっと置いていく昭和30年代のサンタクロースは、インパネスを着て、時を構わずやってきたのだった。


【2006/11/26 23:17】 | 未分類 トラックバック(0) |
今月の半ば、職場の同僚とワイナリーに出かけたときのこと。
こちらの「白ワインケーキが美味しい」という評判を聞いていたので試食しようとしたところ、50代と思しき女の人がひょいと腕を伸ばして、試食品をケースごと持って行った。
その人はどうやら観光バスに乗って来られたようで、
「○○さん、あなた食べたの?」
「ほらほら、××さんも遠慮しないで食べないと!」
なんて言いながら、お仲間一人一人に試食品を配っている。

いいえ、遠慮してください!
試食品ケースの脇に置いてある爪楊枝を持ったまま、突っ立っている同僚と私の身にもなってもらいたい。
「これだから、オバサンは嫌だ」と言われても仕方ないでしょう。

「なぜ電車の席は両端が人気なのか」(双葉社:本明 寛著)という本の中に
「内向型か外向型かは、一般的には生来の性質とされているが、年齢によって変化するという面もある。(中略)とくに女性は、更年期を迎えると、かなり外向化するという傾向があるようだ」とあり、痛いところを突かれたようでギクリとする。

「年齢とともに、自分の内面を見つめて悩むということが少なくなっていくのではないだろうか。年配の女性には、人なつこくて話し好きの人が多い。男性がたじたじとなるパワフルな人も珍しくない。これは、とくに女性が年を重ねると外向的になっていくためである」
なるほどなるほど、「試食用白ワインケーキ」争奪戦でオバサンが勝つのはそういう道理なのか。

今日、買い物に出かけレジで精算をしてもらっていると、買ったおぼえの無い商品が3つも籠に入っている。
「ごめんなさい、それは要らないから省いてください」とレジの女の子に言い訳したが、そのカッコ悪いことといったらなかった。
長年主婦をしてきたが、こんなことは初めてである。
「ついに私もボケたか!」
大いに気落ちして商品を袋に詰めていたが、どう考えてもおかしい。
絶対に買うことのないチルドの餃子やメロンクリームパン、毎日香など間違っても籠に入れるはずがない。
きっと、誰かが私の籠を間違って持っていったんだ。気づかなかった私も悪いけど、よく見もせずに持っていくなんて!
そう思うと、だんだん腹が立ってきた。

家に帰るなり、プリプリ怒って、ことの一部始終を次男に話した。
「絶対、オバサンの仕業やと思うわ」
「で、今日の晩御飯は作れるん?」
「うん、それは大丈夫…?あれ、マイタケとシメジを買ったはずやのに、ないやんか!」
「おかん、どこかのオバサンが間違っておかんの籠を持って行ったんじゃなくて、先におかんが間違って、よその人の籠を持って行ったんかもしれんで」

次男にたしなめられて、はたと我が身をふりかえる。
私もしっかりオバサン化しているではないか。
せめて「試食用白ワインケーキ」をケースごと持っていくような行動をとらないよう、慎まなくては。



【2006/11/24 23:03】 | 未分類 トラックバック(0) |


mikko
今晩は、senjuさん。
いるんですね~、そんなヒト。
私もその場にいたら、目が点になりそうです。
そういえば私も、スーパーでビニール袋をカラカラと回していーっぱい取って行く人を見て、「私もああなったらオシマイね」と呟いています。


senju
mikkoさん、こんばんは。
人の振り見て我が振りなおせと言いますが、気をつけたいものです。
しかし、「もうオバサンだもん、どうせ誰も見てないわ」と開き直って、スッピンで買い物に出かけたら、職場の人とばったり出会って大恥をかくこともしばしば。
開き直りは禁物ですね。


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昨夜は、またしても炬燵に負けてしまった。
こう度々ずる休みをしては、65回の有休もあっという間に底をつく。
これではいけない、気合をいれなくては!

大阪にいた頃、家から自転車で15分ほど走ったところに、大阪府立中央図書館があった。
4階建ての立派な建物は日差しがたっぷり入るガラス張りで、広いフロアーは空調が行き届いて快適そのもの。
好きな本をじっくり読むには、最適の環境だった。
休日の午後、私は大抵ここにいた。
職場でひたすら追いかける数字のことも、洗っても洗っても追いつかない日々の洗濯物のことも、冷蔵庫に残っている野菜をいかに効率よく食卓にのせるかということも全て忘れることのできる空間に、どっぷりと浸かっていた。

後に大ファンになった久世光彦氏を知り、久世氏の作品に登場する作家の作品を読み漁り、なにがどう飛び火したのか忘れてしまったが、ヤン・ソギル氏、
皆川博子氏等々、夢中になって読んだ。
こちらの図書館では、一人8冊まで3週間の期限で借りることができたから、息子たちに押し付けの本まで借りると、自転車の前籠はバランスがとりにくいほど大量になった。

しかしながら、「行きはよいよい帰りは怖い」で、借りたはいいが返却はどうにも億劫だ。
それに気に入った本は手元に置いておきたい。
いやいや、誤解されては困る。
図書館の本をどうにかするほど、私は落ちぶれておりません。

東北に来てから、圧倒的に利用するようになったのは「Book Off」
図書館へのフットワークの悪さがその理由である。
難点は読みたい本がいつもあるわけではないことだけれど、欲しかった本が105円で手に入ったりすると、思わずガッツポーズをとりたくなる。

今日も今日とて、青木玉氏の「小石川の家」が105円で手に入った。
私にはかなり嬉しい買い物だったけれど、ダイソー価格で出回っているのでは、氏はきっといいお顔をされないだろう。
ふと思いなおして我が家の本棚を眺めてみると、あらま、ダイソー価格の芥川龍之介、川端康成、志賀直哉、太宰治、新しいところでは大江健三郎が並んでいる。
日本の文豪の作品を、ボールペンやセロテープと同じ価格レベルで並べては、罰があたりそうで目覚めが悪い。

そう悪いことばかりではないかもしれない。
図書館に行かなくても、文豪の作品がお気軽に購入できるとなると、
お国が危惧する国語力の低下に一役買うかも…。
しかし、よくよく考えてみると、私なんぞに文学作品の価格云々できるのかしら。






【2006/11/23 22:39】 | 未分類 トラックバック(0) |
今までの来し方を振り返ってみると、せめて何かひとつくらい、まともに楽器が弾けるようになっていたらと臍を噛む。
楽器はなんでもいいが、欲を言うなら、ピアノとかバイオリンはいかにも上品そうで憧れる。
クラリネットやフルートといった管楽器はヨーロッパの匂いがするようで魅力的だし、ハーモニカやオカリナの琴線に触れるような哀愁は捨てがたい。

たとえ第一人者になれなくても、楽器が弾けることで、今望んでいる潤いとはまったく別次元の潤いが生活に生まれるのではないか。
楽器だけに限らず、芸術全般にいえることだろうが、どれほど心豊かになれるだろう。

「あんた、三味線を覚えへんか?」
晩年、母が言った。
「ええ~?三味線?」
「昔な、あんたのお祖父ちゃんに言われて、私はちゃんとしたお師匠さんに習ろうたんや。おせえたる(教えてあげる)から。決して損にはなれへん。やってみぃひんか?」

しかし、三弦が醸す独特の色音は、手のかかる幼い息子たちの育児に奮闘していた私を魅了せず、母の提案を私は言下に却下した。
それから後、母から二度と同じ提案が出されることはなかった。

あの時、母に教えを蒙っていれば、たとえたどたどしい「チントンシャン」でも三味線が弾けたかもしれない。
春の朧月夜に、秋の虫の音に、感じ入っては三味線を弾いたかもしれない。

専用ケースの中で眠ったままの、祖母と母が愛用した撥は、この先誰を潤すのだろう。


【2006/11/21 23:17】 | 未分類 トラックバック(0) |
今朝は冷たい雨が降っていた。
午前6時半を過ぎたというのに、ガラス越しに入ってくる光りはどんよりと重く、台所に立つと、つま先から足首にかけてじわりじわりと冷えがよじ登ってきた。
そろそろ、台所にも石油ストーブを出さなくてはいけない。

息子たちが起きてくる前に、茶の間の石油ストーブに火を入れ、たっぷり水の張った薬缶を乗せる。
あの子達が起きてきたときには、薬缶は細い口から湯気を上げているだろう。
寒い冬の朝、恋しい布団を振り切って起きてきた子供は、その光景を見て救われた気持ちになる、少なくとも私はそうだった。

子供の頃、冬が好きだったわけではないのに、茶の間に炬燵がだされ、樟脳の匂いのするオーバーコートがハンガーに吊るされていたりすると、ワクワクして嬉しかった。
毎冬、色とりどりの残り毛糸で、母が学校の椅子に敷く座布団カバーを編んでくれるのはもっと嬉しかった。
家の中の細々としたもの、座布団やのれん、小皿などの類までが冬に備えて少しずつ様変わりしていく。
あの頃の冬支度は地味だったけれど、一つ一つがきちんと行われて、誰しも季節に添って暮らしていたように思う。

懐かしんではみるものの、忙しさにかまけて、とびきり厳しい東北の冬に備える準備はまったくの我が家に知人の自信作であるミカンが届いた。
――炬燵の上にミカン
これほど冬の家庭を象徴する図はないだろう。
早速、息子たちと三人、炬燵に入って頂いた。
「このミカン、めっちゃ甘いやん!」
「美味しいね~」
「いよいよ冬って感じやな」
「…そろそろ、雪囲いせんとあかんな」
「…うん。わかってる」

ひょっとしたら、知人は我が家の重い腰を上げるために、炬燵の友を遣わせてくれたのかもしれない。


or1


【2006/11/20 23:45】 | 未分類 トラックバック(0) |


ゆう
こんばんは。
そちらは、ストーブと炬燵の季節になったんですね。
蜜柑と炬燵は冬の風物詩ですね。懐かしいです。
我が家は、炬燵があると私が動かなくなるってことで撤去されました。
冬はストーブのみなので、家の中でもしっかり着込んでいます。
(同じ九州でも、実家の福岡より佐賀の方が暖かいです)
そろそろ冬支度をしなくては・・・。



senju
ゆうさん、こんばんは。
炬燵に入ると、動けなくなるのは必然です。
あの程よい暖かさは、睡魔の思う壺なのでしょう。
九州は以外にも寒いのですね。
真冬には、福岡でも積雪があったりするのですから。
何年か前に中州に行きました。
あの楽しい屋台は、冬場にどんな顔を見せてくれるのか、行ってみたいなぁ。

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9月の半ばに、「一年間でブログ300回更新」を目標に掲げたものだから、
これはちょっとやそっとでは達成できないぞと腹積もりをしていたのに、昨日一昨日と二日間も休んでしまった。
こう寒くなってくると、炬燵の魔力、熱燗の誘惑に負けて「ちょっとくらいいいかな」とズボラ坊主がひょいと顔を出す。
そもそも、300回更新するぞと宣言した尻から、頭の中では『365―300=65』の計算をしている。
「厳しいだろうけど頑張るわ」と言いながら、お腹のそこでは「65回は休んでもいいってことやね」と高を括ってしまっているのである。

この悪癖は、子供の頃からちっとも治っていない。
たしか、小学校の低学年のころだったと思う。
絵日記の宿題は毎日書くことになっていて、夏休み42日間の出来事を、最終の3日間で書くのは至難の業であった。
最初の数ページは調子よくいくのだが、だんだんと書くネタに詰まりだし、やっとお盆に辿り着いたころには、スイカの絵を大きく描いた下に「今日はスイカを食べました」
夏休みに入る前に蓬莱のアイスキャンデーを食べたことを思い出し、「アイスキャンデーを食べました」
食べ物ネタでなんとか8月25日くらいまでつないだが、しまいには「今日はなにもありませんでした」と書いた。
8月31日の夜にべそをかきながら描いた「夏休みの思い出」の絵は、新学期の朝になってもまだ絵の具が乾ききらず、広げたままの画用紙をはためかせながら登校したのだった。

今、このブログを炬燵に入って書いているのだが、炬燵を挟んだ向かいでは、次男が提出期限を過ぎた英語の課題を解いている。
どうやら、DNAはきちんと受け継がれているようだ。

【2006/11/19 22:37】 | 未分類 トラックバック(0) |


mikko
はは、思わず笑ってしまいました。
かく言う私も実は同じタイプで・・。
息子に「ちゃんとやりなさーい!」と叱り、まったく誰に似たのやら・・、という自分の声に、「はい、それは私です」と心の中で答えています。


senju
mikkoさん、こんばんは。
いやはや、この明日を頼む性格はなかなか頑固とみえて、ちょっとやそっとでは治りそうもありません。
ちなみに、我が家ではこの性格を「8月31日派」と呼んでいます。

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本日の最高気温、8度。
ただでさえ寒いのに、職場では突然の背筋が寒くなる異動があったりして、やたらとストレスを感じる。

今朝、「今日は10時に帰る」と言って出かけた長男。
きっとお腹を空かせて帰ってくるだろうと、今夜のおかずを温めるばかりにして待っていたら、「明日の朝は早いから、友達んとこへ泊まるわ~」とのメールが入った。
次男は毎日の部活で疲れたか、すでに炬燵で高いびき。
よく眠っている次男を起こしては可哀想と、テレビの音量を下げたが、どうも侘しくていけない。
こんなとき、若い頃なら誰彼なしに電話をしたものだったが、この年になると、忙しい友人たちがやっと一息ついた頃に電話をするのも気が引ける。


しまい忘れた軒先の風鈴が、晩秋の風に吹かれても、几帳面に「ちりり」と夏の音を慣らす。
庭の紫陽花に身体を休めていた蛙は、もう土の中で眠りに入ったか
スイーッチョンと縁側で鳴いた虫は、乾いた骸を土に戻したか
恐れられた蜂の巣は、ありがたいオブジェになって、人にもてはやされたか
外はすっかり息をひそめて沈黙を保ち、石油ストーブに温められた薬缶の底だけが、不規則なリズムを刻んでいる。

ほどなく、ほどなく、雪が降る。


【2006/11/16 23:02】 | 未分類 トラックバック(0) |


mikko
今晩は、senjuさん。
本当にここのところぐっと冷え込んできましたね。
ここ何年かは横浜でも一度は雪が降っているのですが、今年はどうでしょうね。
子供たちは楽しみにしているのですが。
それにしても、senjuさんの文章、やっぱり好きだなぁ、うん。


senju
mikkoさん、こんばんは。
めったに雪が降らないところでは、雪は憧れ。
うちの息子たちも、大阪にいたころは雪が大好きでした。
寒い冬の朝、何度起こしても起きないときは「うわぁ!外は真っ白!」と言うと
二人ともとんで起きてきたものです。もちろん、それは彼らを起こすためのウソでしたが。
ところで、過分のお言葉、恐れ入ります。
お恥ずかしいかぎりですが、頑張りますのでこれからもよろしくお願いします。

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今宵、旧い友人から電話があった。
いきなり「大丈夫?津波来るんとちゃうの?」
…大丈夫。うちは内陸やって言ってたやん。
「あ、そうやったね。どうも東北って馴染みがないもんやから」
早合点とはいえ、心配してくれた友人に感謝する。

さて、この友人、「.com」を周囲の人たちが「ドットコム」と言うのを、
どこが混むのか知らないが、パソコンや携帯からメールをたくさん送る人がいるから「どっと(うんと)混む」のだろうと真面目に思っていた。

友人の携帯に時々正体不明のメールが入る。
迂闊に開いては、架空請求が来たりするのではないか、慎重な彼女は決して開こうとせず、そうこうしているうちに未開封のメールは溜まる一方になっていた。
その中には、可愛がっている姪っ子さんからのメールがあったのに気づかぬままで、姪っ子さんから「読んでくれた?」と催促される始末であった。
それ以来、姪っ子さんはメールを送るたびに「今、メールを送ったよ」と電話を入れ、メールを読んだ友人は「ありがとう、返事を書いたからね」と電話を返すのだという。

それって、メールでやりとりするまでもなく、はじめから電話で話したほうがいいんじゃないの?

私とて、友人のことをとやかく言えない。
ブログに画像を載せることはあるが、画像の配置が思うようにいかないのである。
本当は画像を横一列に並べたり、右や左に寄せたいのだが、縦一列にしか並ばない。
よそ様のブログを拝見すると、画像が自由自在に並べられているのはもちろんのこと、カーソルの後を☆がきらめきながら付いてきたりしているではないか。
―――カッコいいなぁ、私もこんなことしてみたい!
息子に訊いてみると、HTMLだとか、タグだとか、難解な言語が飛び出してきた。
「???」
「元プログラマーやろ?ちょっとは勉強したら?」
そんなこと言ったって、わたしゃ、パソコンじゃなくてオフコンの時代に生きていましたから。
息子に言わせれば、私のパソコンは「インターネットのできるワープロ」らしい。

このまま上達しないとあっては、かろうじて保ってきた親の威厳が危うい。
早々にブログを書き終えて、アマゾンで「HTML言語」に関する本を物色するとしよう。

【2006/11/15 23:35】 | 未分類 トラックバック(0) |


ゆう
こんばんは。
senjuさんは、プログラマーさんだったんですね。すごいです。
私は、ホントにパソコン初心者です。弟から、「そんなんでよくブログが出来るね~」と言われていますv-388(弟はHPを作る仕事をしています)
画像も、デジカメで撮った写真を載せたいのですが、今の私では携帯電話でとった写真しか載せることが出来ません。トホホです(-_-;)
勉強しなくてはいけませんね。


senju
ゆうさん、こんばんは。
プログラマーといったって、オフコン時代の話です。
インターネットができないコンピューター、今となっては「あれは一体なんだったの?」と思ってしまいます。
というわけで、私はパソコンの入力には困らないといった程度の超初心者、錆付いた頭にkure551をスプレーしたいくらいです。


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近頃、喫煙者にとってはまことに不遇の時代である。
喫煙が喫煙者はもちろんのこと、周囲の健康にまで悪影響を及ぼすのは周知の事実。
おかげさまで、分煙は全国に普及し、「店内禁煙」のお店もうんと増えた。
困ったことに、美味しいものを出してくれるお店の殆どが「店内禁煙」なので、どうしてもタバコが吸いたいときは、灰皿を拝借してお店の外で吸うことになる。
いい年をしたオバサンが、立ったまま鼻から煙をだしている図は最悪だなぁと自覚しつつ…。

私はタバコの値段が上がるたびに、「これを機会にタバコをやめる」とお題目のように唱えてきたが、結局、現在290円になったKENT ultra1を一日に一箱購入している。
この銘柄には100’sという、ちょっと長めのタイプがあり、このたびの値上げ前までは普通サイズと同じ値段だった。
それなら100’sの方がお得なのだろうが、私のタバコの吸い方にはリズムみたいなものがあって、普通サイズの要領で吸うと100’sは余ってしまうのである。
もったいないからとシケモクをするわけにもいかず、結果的にはひどく無駄な買い物をしたような気分になり、どうも相性が悪い。

もう一つ、ちょっと多目で相性が悪いのは、缶ビールのロング缶。
毎日のようにレギュラー缶を2本飲むのだから、ロング缶一本にしておけば経済的にもよろしく、量的にも平気の平左と思いきや、どうしたわけか、ロング缶はなかなか飲みきれなくて、せっかく冷えていたビールがだんだんと生ぬるくなってしまう。
しかも、ロング缶は100’sのように、レギュラー缶と値段が同じではないから、無理矢理にでも飲み干すが、これは酒飲みにとって不本意な飲み方なのだ。

使いもしない携帯ストラップのオマケが付いたコーラを買ってしまうように、私には100’sもロング缶も、お得なようでいて始末に困る代物。
「大は小を兼ねる」ばかりとは限らないのである。

今夜、Kさんんがカリフラワーを持って来て下さった。
とても嬉しいのだけれど…大きすぎますよ、Kさん。


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追記:カリフラワーと大きさ比べをしているのは、「第三の」ビールのロング缶です。

【2006/11/14 23:01】 | 未分類 トラックバック(0) |


sanatch
100'sか普通のか、よくわかります。煙草ってリズムが大事ですよね。
思っているより長く残っていても、短すぎても落ち着かない。
そんな私は煙草をやめて5年ほど経ちました(笑)
やめてから去年くらいまで、煙草を吸う夢を何度も見たなぁ。


senju
sanatchさん、こんばんは。
5年禁煙できたら、タバコとは完全に縁が切れたことになると聞いたことがあります。
夢の誘惑にもめげず、偉い!
私の場合、お酒とタバコはセットになっているので、禁煙するとなるとお酒も止めなければいけません。
そればかりはご勘弁。
せめて、節煙に励むことにします。

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「今晩のおかずは粕汁?それやったら、里芋を入れるといいわ、やみつきになる美味しさやで」と私に教えてくださった八百屋の女将さんが亡くなったのは、今年の一月だった。

彼女のお店は国産の野菜だけを売る八百屋さんで、お値段はちょっとお高めだったけれど、「うちは一切変なもんは置きません。せやけど、たとえジャガイモ一個でもお葱一本でも、喜んでお売りいたします」というお店だった。
彼女は気持ち良いくらい愛想がよく、決して押し売りはしなかった。
大阪にいた頃、女将さんとは、近所の小料理屋さんでよく一緒に飲んだ。
彼女はビール党で、ほろ酔いになると涙腺がゆるむのか、しきりに目を人差し指の背中でこすっていた。
泣き上戸ではない。それどころか、素面でも陽気な性格が一層陽気になって、周囲を沸かせていたくらいである。
しかし、先に酔っ払うのは大概が私の方で、這ってでも帰れる距離にあった家まで私を送ってくれた。
「送ってもらって、ごめんなさい」
「いいのいいの、あなたと飲むのは本当に楽しいからね」
酔っ払いの世話が楽しいわけないなのに、女将さんはいつもそう言って
笑っていた。

去年の9月、久しぶりに帰阪し、女将さんと馴染みの小料理屋さんで待ち合わせたのが、彼女と飲む「最後」になってしまった。
まるで同窓会やね、次はいつ帰る?
そう言ってくれたのに。

同じ年の暮れ、いつもの小料理屋さんで飲んでいた女将さんが
「孫が生まれたばかりで忙しかったせいか、ずっとビールが美味しくなかったけど、今日はほんまに美味しいわ」と言ったそうである。
その時、彼女はすでに膵臓ガンの末期だった。

「もう手の施しようがないって、お医者さんから聞いたわ。
抗がん剤も無駄やねんて。なんにもでけへんから、なにもせえへんねんて。
それでええ。
私は、ほんまに思い残すことはないねんよ。
みかちゃん、泣かんと聞いてや。
私な、お医者さんからモルヒネをうってもらってんねん。
そうせんと、痛とうてたまらんからな。
お父さん(ご主人のこと)に、私の言いたいこと全部言うてあるし、お父さんのことは、娘に全部頼んである。
だからな、みかちゃん、私はほんまに思い残すことなんかないねん。
ほんまやねん、だから泣かんといてな」

私たちの仲間「みかちゃん」がお見舞いに伺ったときに、女将さんが語った言葉である。

人は誰でも、その生を全うする権利がある。
しかし、治安大国日本の神話が崩れつつある今、その権利は理不尽にへし折られることが多くなった。
だからといって、人生の弟一歩を歩き出したばかりの子供が、なぜこうも毎日毎日死ななければならないのか。
いじめの卑劣さを、あらためて痛感する。

【2006/11/14 00:16】 | 未分類 トラックバック(0) |
土曜日も朝からあいにくのお天気で、手持ちのコートでは用をなさず。
紅葉は里にまで下りてきて、霧雨にけむった風情はまた格別だった。

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「磐越西線をSLが走るはずだけれど、時間がうまく合うかなぁ」
そういえば、初めて山都町を訪れたとき、運良くSLが走る姿を目の当たりにしたっけ!
早速JR山都駅でダイヤを調べてみると、SLがここを通過するまでに、あと20分もある。
「鉄橋を走るSLの写真を撮るってのはどうよ」
鉄橋まではわずか5分ほどの距離。
「ひょっとして、プロみたいな写真が撮れるかも?」
「ばか言わないでよ」と言う友人も、声がわくわくしている。

鉄橋の下で、寒さに震えながらSLを待った。
三脚に乗せたカメラを覗き込んでいる人が言った、「来た!」

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あれ?SLと違うやん?
呆然としている私たちに、三脚の人が笑う。
「SLはオーバーホールにだしているらしいですよ」
え~そんなぁ、私たちも運が悪い。
「いや、SLの代車というところが珍しいのですから、案外、儲けもんだったかもしれませんよ」
なるほど、そういう考え方もあるのか。
しかし、新蕎麦を食し、おまけにSLとも遭遇するなんて、そうそう柳の下にドジョウは何度もいるわけないのである。

さて、お目当ての新蕎麦は、例年どおりのお店でいただくことにした。

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こちらのお店、町営なのかな、注文は「食券」で、「そば伝承館」という名前もちょっとお固い。

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立ち働いている人たちは、地元の奥さんのようだし、店内にはポットがおいてあったりして、かなり家庭的である。
注文した天ぷらの盛り合わせも、豪快に盛られていた。

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しかし、侮るなかれ。
天ぷらはカラリと揚がっており、添えられた「てんつゆ」も控えめな味付けで、さっくりといただける。
私は長年主婦をしているが、いまだに天ぷらは難しく、とくに水分の多い茄子や茸はなかなか上手く揚がらない。


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主役の登場である。
「伝承そば」の薬味は辛味大根のみ。
いただく前からその美味しさを想像して、お蕎麦を掬い上げたお箸の先が震えてくる。
一口すすってみると、喉越しの良さと香りの良さはもちろんのこと、なんてきりりとしたお蕎麦なんだろう!

「水が違うのよ」
わき目もふらず、お蕎麦に没頭していた友人が言う。
「大阪ではできないね」
悔しいけれど、そのとおりだと思う。

頭でっかちのサフランが、冷たい雨にうなだれているのを眺めつつ、蕎麦湯の一滴まで飲み干して帰途に着いた。


【2006/11/12 22:13】 | 未分類 トラックバック(0) |

おいしそう~
mikko
今晩は、senjuさん。
またまた美味しそうな写真が盛りだくさんですね!
実は、私は会津の出身なのですよ~。
が、今や、他の土地で暮らした年月の方が遥かに長くなってしまって、会津の事はよく分からないのです、お恥ずかしい・・。
なので、senjuさんの旅行記は、とても楽しませていただいてます。
私も紅葉見に行きたいな~。


senju
mikkoさん、こんばんは。
会津のご出身とは!私は大の会津ファンですので、ご縁を感じます。
紅葉はそろそろ終り。昨日の最高気温は10度を下回りました。
厳しい冬は目の前です。

おじゃまします。
FujiLove
始めまして senjuさん。
先日は、訪問ありがとうございました。
昨日も富士山へ行ってたのでご挨拶が遅くって申し訳御座いません。
senjuさんのブログ拝見してたら、お腹が鳴きだしました^^お昼にはまだ時間があるのに・・・。
お昼は絶対お蕎麦にしよう思っちゃいました。

又、お邪魔させていただきます。
これからもどうぞ宜しく御願い致します。


senju
fujiloveさん、こんばんは。
おいでいただき、ありがとうございます。
fujiloveさんの画像とは比べ物にならないお粗末な画像ですが、実物はとても美味しいお蕎麦なのです。
稚拙なブログではありますが、またぜひとも遊びにいらしてください。
私もお邪魔させてくださいね!


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10月に会津若松「桐屋権現亭」で食べた新蕎麦の美味しさが忘れられず、友人をそそのかして、金曜日の夜に互いの仕事がひけてから出発した。
七時過ぎに到着したが、「あいすみません。本日は貸切になっていまして」と
お店の女の子が申し訳なさそうに言う。
「まったく!桐屋の『桐』は貸切の『切り』ってことね!」
普段は冗談口の少ない彼女が、沈んだ空気を払いのけるように冗談めかして言い捨てた。
「で、どうする?」と不安げな私に
「二軒目にと調べておいた居酒屋に行く?」
なんとも心強い友人である。

会津若松は魅力ある町だ。
強くて頑固だけれど、敷居は高くない。
「美味しいものは食べたいけれど、たくさんはいただけなくて」という中高年にはぴったりの気の利いたお店が、風情ある町並みに点在する。
控えめに灯された灯りには、「飛んで火に居る夏の虫」のごとく、疲れたスーツ姿とちびたハイヒールが吸い寄せられていた。

ちびたハイヒールが引き寄せられたのは、こちらのお店「籠太」
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折りしも、冷たい雨が降っていて、ロケーションとしてはかなりいい。
「氷雨とか舟唄なんか歌いださないでよ」
心強い友人は、勘も鋭いのであった。

雪国らしい二重玄関を開けてお店に入ると、とても愛想のいいおねえさんが出迎えてくれた。
店内は明るく、10~11人掛けのL字カウンター席、ゆったりした板間にはテーブル席が3つ、廊下を隔てたところにお座敷があるのは、少々騒いでも店内にひびかないようとの心遣いか。
通されたカウンターの椅子は、会津特産の桐でできているらしい。

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「桐は優しいのよ。暖かくて柔らかいから、座布団なんていらないの」
桐の箪笥や下駄は聞いたことがあるけれど、椅子は初めて。
なるほど、冷たくないわ。

最初の一品は、もって菊と春菊の酢の物、会津地鶏の鶏わさ、会津では「けっとばし」と呼ばれる馬刺しである。
「けっとばし」は赤身であっさり、これならぺろりといける。


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「ねば」と書かれたお品書き。
「ねばって何ですか?」と訊くと、乾燥した納豆ということだった。
「やみつきになりますよ」とおねえさんがすすめてくれるので、早速注文した。

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いやはや、これは美味しい。
カリカリと小気味良く、香ばしい。
とくにビールには相性が良いこと、うたがいない。
「どうやって作るのかしら」
「煎るのとちがう?」
「煎るったって、あのネバネバがフライパンにくっついて焦げるんじゃないかな」
さんざん議論した挙句、失敗したってリスクは小さいということで、互いの思うように試してみることを約束した。

ところで、私は日本酒が大好き。
「お燗酒でいただきたいんですが、オススメはなんですか?」
とご店主に訊くと、彼は胸をぽんと叩いて、差し出してくれたのがこれ。

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会津はお酒の美味しい土地柄なのに、地酒じゃないんですね。
口にするまではちょっと不満だったけれど、ぬる燗で一口いただいてみると…、あらま、美味しいこと!
「がつん」と「ふわり」が交互にやってくる。
フルーティーな日本酒が増えたなかで、この「がつん」はかなり嬉しい。

二合徳利を二本平らげて、二人ともほろ酔い気分。
「二次会はないからね」
友人はしっかりしたものである。
「明日は山都町へ行くよ」
おお、新蕎麦!それなら二日酔いをするわけにはいかない。

ということで、続きは明日に。

【2006/11/11 22:32】 | 未分類 トラックバック(0) |
昨夜から「喉が痛い」と訴えていた次男が、学校を休んだ。
いつもの起床時間になっても、一向に部屋から出てこようとしない次男に
「遅刻するで!早よ、起きや!」と声をかけるも、「…」という文字にもならない返事。
「こいつぅ、学校を休む気やな」

次男が通う学校は宿題が多く、しかも彼は始めたばかりの弓道にも一生懸命だから、時間的に厳しいのはよく理解できる。
しかしながら、時間がないとわかっていて、家に帰るなりゲームとメッセが最優先なのがどうも解せない。
私だってゲームも友達とのおしゃべりも大好きだから、それを止めろとは言わないが、やらなければいけないことを後回しにしたツケの大きさは、私自身が見本となって彼らの前にさらしているはずなのである。
残念なことに、反面教師は功をなさず、彼は深夜になってから細々と勉強をする有り様で、極端な睡眠不足に陥ってしまった。
要するに、次男はゆっくりと寝たいがために、学校を休んだのではないかと私はふんだのだった。

朝、忙しい思いをして作ったお弁当が、ぽつんとテーブルの上に残っているのは侘しいものだ。
次男がこれを一人で食べるのかと思うと、ちょっと可哀想に思ったりするが
「いや、ちがうな。仮病の罰や」

仕事から帰ると、次男は布団で神妙にしていた。
「具合はどう?熱は?」と私は皮肉たっぷりに言う。
体温計で計ってみると、予想外の37.1度。
え?微熱とはいえ、ほんまにしんどかったんや!
いやぁ、悪かったね、ごめんごめん、
「食べたいものはなに?みかんもあるよ。ポカリをいっぱい飲んで、ゆっくりしなさいや」

病気になると母親がやけに優しくなるのは、私も経験済みである。
「うんうん」と次男は満足気に頷いたかと思うと、いや、食べるのなんのって。
ほんまに風邪引きやったん?と改めて思い直す今宵である。

【2006/11/10 00:03】 | 未分類 トラックバック(0) |
私の勤める会社では、朝礼時に正社員、パート社員を問わず、交代で3分間スピーチを行っている。
「立て板に水」のごとく弁舌さわやかな人、自己紹介が身の上話になってしまう人、話がループしてしまい、ストップをかけてもらわないと話が終われない人と様々で、聞いている分には結構面白くて、「ブログネタに使わせてもらおうかしら」と目論んだりしている。
しかし、井戸端会議や気軽なおしゃべりなら率先して参加するけれども、あらたまってスピーチとなると怯んでしまう人は結構多い。
かく言う私もその一人なのだが、どういうわけか、若い頃からスピーチを頼まれることが多かった。
私は人前でも堂々と話すと思われていたようだが、それは大いなる勘違いであって、当の本人はかなり「あがり性」なのだ。
それゆえに、友人の結婚式のスピーチで、新郎の苗字を間違えるという大失態を演じたこともある。

明日の3分間スピーチは私の番にあたっていて、昨日あたりから、なにを話そうかとずっと悩んでいる。
長男に、先日の事故と畑村先生の「失敗学」を交えてスピーチしようかなと相談すると
「そんな小難しい話しようかなんて、充分に予測できる失敗をすると思うで」
まったく!やさしくない息子だ。
「等身大でいきや、等身大で」
等身大といわれても、職場のスピーチで「今夜のおかずは」なんて言えないのである。
しかも、明日は社長も出席される様子。
ああ、どうしよう…



【2006/11/08 22:26】 | 未分類 トラックバック(0) |
今日は立冬。暦のうえでは、今日から冬ということになる。
季節は定規で線引きできるはずもないが、二十四節季の語は好きだ。
1日のサイクル、一週間の予定、締め日、月末と常に時間に追われては、
「いつの間にか、季節は移り変わっていました」と風情のないことを言いかねない。
それに歯止めをかけてくれるのが、二十四節季だ。
「秋分だから『おはぎ』をつくろう」
「冬至だから、今夜は柚子湯にしたよ」
随分と生活感のある季節の味わい方だが、移ろいいく季節の流れをちょっと掬ったような気持ちになる。

今日は北海道で大きな竜巻があり、9人もの方が亡くなり、被災された方も多くいらしたようだ。
東北でも激しい雨の後、急に気温が下がり、仕事帰りの気温は5℃。
なんと、荒れた立冬であることか。

さぞ、息子たちも寒い思いをして帰ってくることだろう。
こんな日の夕飯は「粕汁」にかぎる。
大きめのお鍋に「いりこ」でとったダシをはり、そこへ塩鮭のアラ、大根、人参、こんにゃく、それと大好きだった八百屋の女将さんに教わった里芋も忘れずにいれる。
具が柔らかくなったら、酒粕、白味噌、塩鮭のアラからでた塩分の具合をみてからの塩で調味。

「めっちゃ、さぶいわ」と言いながら帰ってきた次男は、玄関で鼻を利かせ
「お!粕汁か!」と喜んでくれた。
はい、今夜はおかん自慢の「粕汁」でおます。
お葱をたっぷり乗せて、熱いうちにどうぞ。


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【2006/11/07 23:10】 | 未分類 トラックバック(0) |

はじめまして。
pika
「YOUTUBEでこんなのみつけました。」の管理人です。
粕汁、体が温まりそうです。
このたびは、ご訪問ありがとうございました。
まだできたばかりのサイトですが、よろしければ、また遊びに来てください。



senju
pikaさん、ようこそおいでくださいました。
pikaさんのブログで拝見した「crazy dog」、大爆笑しました。
ぜひともお伺いしたいと思います。
これからもどうぞ宜しくおねがいします。

美味しそうです~。
ゆう
画像を見ていると、私まで体が温まってきました。
昨日は佐賀も寒かったです。
でも・・・気温が5度とは。真冬並みの寒さですね。東北から転勤で来た方が、九州は冬がないって言っていたのも納得です。


senju
ゆうさん、こんばんは。
「粕汁」は素朴な汁物ですが、息子たちも大好きで、我が家の冬のご馳走(?)のひとつになっています。
このところ、朝晩はかなり冷えますが、日中は15度以上になるので体調管理が大変です。


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近頃、職場でもご近所でも、みなの関心事は、もっぱら「今年の冬は雪が多いかどうか」。
雪国初心者の私は、「カメムシがいっぱい出てっから、雪も多いべぇ」という意見を聞くと肝を冷やし、「11月になってもこの暖かさだべ?雪、少ねぇんじゃねぇか?」との話に胸をなでおろすといった具合で、一喜一憂する日々である。

去年の12月から今年の2月にかけて降った大雪は、「平成18年豪雪」と命名され、雪の多い地方に多大な被害をもたらした。
私が住む地域でも、雪下ろしの最中に屋根から転落した人が続出し、中には亡くなられた方もあった。
雪が災いして、お隣同士が仲違いするということも多々あるようで、どこの家でも除雪には手を焼く。
実際、ご近所では、数件のお家が屋根や玄関先に融雪設備を取り付けられたようである。
広い庭があるお家では、すでに「マイ除雪機」が庭に出され、雪囲いも着々と進んでいる。

「そろそろ、(雪の季節が)来るで」
「せやな、もうそろそろやな」
親子三人、炬燵に入って「来るぞ来るぞ」と言いながら、お茶をすする。
「今年の雪は多いかな」
「また大変やな」
大変だというわりには、雪に備える準備などなにひとつ出来ていないのである。
今年の1月に屋根の雪止めが壊れ、毎日雪と格闘したというのに、ちっとも懲りていない。

明日は立冬。
今年の冬はどうなることやら。



【2006/11/06 23:49】 | 未分類 トラックバック(0) |
今日、髪を染めた。
といっても、若いお嬢さんたちのようなお洒落染めではなく、色気のないことに白髪染めである。
母が亡くなってから10年あまり、毎月一人で染めてきたので、手馴れたものだ。

母は商売柄、髪には気を使っていた。
「毎日の鬱陶しいこと忘れて笑いたいと思て、お客さんは来てくれてはるのに、所帯くさい格好では舞台に立たれへん」というのが理由らしかった。
その芸人魂は解らなくもないが、二週間毎に「髪を染めてくれへんか」と私に頼んでくるのである。
その頃の私といえば、家事育児、おまけにフルタイムのパートに出ていて、目の回るような忙しさだったから、いつもいつも二つ返事というわけにはいかない。
「あんたの手が空くまで待ってるから」
母はそう言って、洗面所の脇に卓上用の鏡を置き、肩にケープを巻いて、これみよがしに忙しそうに振舞う私がやってくるのをじっと待っていた。

食事の支度が一段落してやってきた私に、母は「ごめんな」と言い、素直に髪を託した。
60を過ぎた母の髪はすすけて、毛染めの薬剤に耐えるには、あまりにも頼りなかった。
薬剤が髪よりも頭皮に浸透するようで、刷毛で塗りつける手が躊躇いがちになる。
母の髪を全部染め上げても、毛染めの薬剤は半分以上、付属の白いトレーに残っていた。


母が幼い娘の髪を結う、その遠い記憶にある時間と、娘が年老いた母の髪を染める間に流れる時間には同じ匂いと温度がある。
甘く満ち足りて、そのくせ二人だけの内緒話がしたくなる妖しさがある。
髪を結う、髪を染める、そんな女の健気な悪戯心を母と娘は共有したかったのではないか。
今宵、一人で髪の染め具合を鏡で確かめて、単独犯であることを侘しく思う。






【2006/11/06 00:09】 | 未分類 トラックバック(0) |

こんばんは。
ゆう
素敵なお母様ですね。
舞台を観る事ができないのが、残念です。
心が温かくなるエピソードで、私も母に甘えてばかりいないで、
親孝行せねばと思いました。


senju
ゆうさん、こんばんは。
過分のお言葉、母が照れてしまいます。
母と娘って、面白いものですね。
甘えたり甘えられたり、喧嘩をした思えば、親友以上に仲良かったり。
まぁさんとゆうさんが仲よく、いつまでも幸せであることが、一番の親孝行だと思います。

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今日は長男の誕生日。
「肉食」の彼が喜ぶだろうと、今宵はステーキを焼くことにした。
事故に遭った興奮がいまだ冷めないとみえて、米沢牛を買ってしまう。

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お肉の大きさを強調するために、ご丁寧にも愛飲しているタバコを添えて撮影するのだから、やはり理性は正常に機能しているようだ。
しかし、付け合せの野菜、ほうれん草の塩茹でと人参のグラッセとともにお皿に盛ると、いや、バランスの悪いこと!
ひら茸のバターソテーも添えれば良かったと後悔した。
美味しいものをお店でしょっちゅう頂くわりには、いつまでたっても盛り付けが上達しない。
やはり、センスの問題ですかねぇ…

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それでも嬉しいことに、息子たちは「美味い!」を連発してくれる。
たしかに柔らかくて美味しいのだが、私はこのステーキの半分もあれば充分である。
残りの半分を恭しく長男に差し出すと、「お、ありがとう!」と言ってぺロリと平らげてしまった。
大きめのお皿に山盛りにしたご飯とガーリックトースト一切れ、ステーキ1枚半、温野菜サラダ、ポタージュスープ、一体これほどの量が、178センチ62キロという痩せた体のどこに入るのだろう。

長男は幼い頃、かなり食が細く体質的にも弱かったから、どうしたものかと悩んだ私は、ご近所に住むご年配の奥さんに相談したことがある。
奥さんは気長く私の話を聞いてくれたあとに、こうおっしゃった。
「心配ないわよ。そのうち、家が食いつぶされてしまうと思うくらい食べるようになるから」

賑やかな食事が終わって、長男と次男がふざけあいながら布団を敷いている。
茶の間から、そっとその様子を覗きこんで思う。
息子の誕生日は、本人よりもきっと母親の方が嬉しい。
来世があるとするならば、ぜひ来世も彼らの母親になりたい。



【2006/11/05 00:02】 | 未分類 トラックバック(0) |

いいな~
mikko
今晩は、senjuさん。
ご馳走ですね~、すごい厚さのステーキ!
うちの息子に見せたら、見ただけでヨダレをたらしそうです。
うちも結構食べる方だと思うのですが、大きくなるとそんなものじゃないのですね。
私も、家を食いつぶされないように、しっかり働かねば!


senju
mikkoさん、こんばんは。
昨日のステーキが家計を脅かさないよう、今夜は酢豚ならぬ酢鶏を作りました。
鶏肉は安価でヘルシーな胸肉を使います。しかし、胸肉はパサツキがネック。
そこで一工夫。私は胸肉の下ごしらえにお砂糖をまぶします。こうすれば、ぱさつかず柔らかくなります。ヨーグルトをすりこむのも良いらしいですよ。
明日からまた仕事。お互いにがんばりましょうね!


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昨夜は突然の飲み会。
「明日は仕事だし、控えめにしなくては」と心積もりをして出かけたのはいいが、お店でだされたお通しがいけなかった。
むき茸のおひたし、ごま豆腐も美味しかったが、なんといっても「生しらす」が格好の酒の肴だった。
「生しらす」の程よい塩加減とほんのりとした苦味、器の真ん中に落とされた鶉の黄身を混ぜ合わせると、そのまったりさも加わって、なんともいい具合なのである。
これは困った、飲みすぎてしまうなと警戒したのは最初だけで、お銚子一本空く頃にはすっかり気が大きくなってしまっていた。
まさか、お通しだけで「一丁上がり!ほな、さいなら」というわけにはいかない。
そこはよくしたもので、お店のご主人は私の好みをよくご存知である。
「今日の赤貝はいいですよ」
「じゃ、少しでいいですから、おつまみでお願いします」

もう、心憎いったらありゃしない、ぷりぷりの身にたんと「ひも」がついてきた。
私は赤貝の「ひも」が大好物なのだ。
すっかり気をよくして、鯖だ鮪の赤身だと注文し、挙句には汁物が食べたくなってきて土瓶蒸しまで平らげてしまう有り様。
当初の警戒心はどこへやら、お酒も随分とすすんで、カウンター席に隣り合わせた人たちとのお喋りまで楽しんで帰ってきた。

家に着いて、お風呂に入ったまでは覚えているのだが、炬燵に入ったあたりからどうも記憶が曖昧である。
それもそのはず、パソコンの電源を入れた後、♪ファファファファーラファ♪とウィンドーズが立ち上がる音を子守唄にしたようで、そのまま爆睡してしまったらしい。
「うー、さぶぅ」と目が覚めたのは、今朝方4時近く。
あ、ブログ!さぼってしまった!

お弁当を作りながら、「なんで起こしてくれへんかったん!」と筋違いは承知の上で、息子たちを責めた。
「よう言うわ、鼾かいて寝てたんは誰やねんな」と彼らは呆れ顔である。

ブログの300回更新を目指してからこのかた、予告なしで休んだことは一度もないはず。故に、なんだか無断欠勤をしたようで心持が悪い。
このたびの失敗で学んだ新たな教訓は、以下のとおり。

「炬燵の魔力には充分に注意しましょう」






【2006/11/03 00:09】 | 未分類 トラックバック(0) |
昔大好きだった彼氏が、亡くなったという悲しい報せが届いた。
今風に言うなら「元彼」なのだろうが、あいにく私はこの言葉が大嫌い。
お気軽すぎて、相手に対して失礼だと思うし、一生懸命よせた思いが、うんと軽くなるような気がするからだ。

この年になれば、思いがけない訃報が届くようになる。
それぞれ精一杯に生きてきた友人知人の訃報は、残念でやるせなく、諸行無常の非情さを痛いほどに感じる。

今宵は夜伽。
秋は深まり、虫の音もとうに止んで、昔のよき日を偲んでも、ただただ寂しいばかり。

【2006/11/01 00:21】 | 未分類 トラックバック(0) |
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