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食欲はいたって旺盛だが、物欲はそれほどでもないと思う。
50年間、宝石とは縁のない生活を送ってきたが、ひとつだけダイヤの指輪を持っている。
母が亡くなる1年前に、買ってくれたものだ。

その日、仕事に出かけたばかりの母が最寄の駅から電話をよこした。
事故かなにかあったのかと訝しがる私をよそに、「あんたにな、ええもん(いいもの)を買うてん」と弾んだ声で言う。
「ひょっとして、指輪?」
「ええーー!なんで分かったん?」
どうして分かったのか、自分でも分からなかった。
なんとなくそう思ったとしか、言いようがなかった。
夜になって帰宅した母は、さっそく、中身の知れた小さな箱を私にくれた。
箱の蓋を開けてみると、小さい粒のダイヤがひとつ、きらきらと光っていた。
浪花座の舞台に上がるときはお弁当持参で行くという、売れない芸人の母である。
決して楽な買い物ではないはずと、私は素直に喜べない。
プレゼントされる私より、する側に立つ母の方が嬉しそうだ。
「高かったんと違うの?」と心配する私に
「お店の人がな、2年のローンでいいですよ、2年なんかすぐに経ちますって言いはんねん。
 それもそうやなと思ってな」と母はけろりと言う。
生涯、舞台を踏むこと以外の仕事をしなかった母は、お金に関して無頓着なところがあった。
芸人はお金のことでゴチャゴチャ言うもんやないと思っていたのだろう。
「2年って……。大丈夫やのん?」
ありがとうを言う前に、私は非難めいた口調になってしまっていた。

翌年の晩秋、母はすい臓がんのため入院した。
すでに末期で、医師からは余命3~4か月と告げられたが、母には告知しないようお願いした。
くも膜下出血、脳内出血と2度の大病を克服してきた強い母であったが、叔母との漫才が軌道にのってきた矢先で毎日はじけるように仕事に出かけていたから、告知を受けた母がどれほど落ち込むか想像するに難くなかったからである。
入院当初は、同室の患者さんや看護師さんたちを大いに笑わせ、これくらいの病気、一杯ひっかけたら治るのにと冗談を言っていたが、年末が近づくにつれ口数が少なくなっていった。
年末年始、医師から外泊許可が出たのに、母は「こんな病人くさい顔を近所の人に見られたくない」と言って病院にとどまった。
やがて母はほとんど食事をしなくなり、せめてもの思いで、毎朝家で作ったお味噌汁を病院に持っていった。
ある朝、「今度の入院は、長くなると思うねん」と母が言う。
「ダイヤのローンな、悪いけど立替えといてくれへんか?」
そんなこと心配せんでええよと言う私に、母は何度も「ごめんな」と言うのだった。

母がダイヤを買ってくれたとき、もっと素直に喜ぶべきだったと今でも後悔している。
子供がいくつになっても、親は子供の喜ぶ顔が見たいのだ。
母がどんなにがっかりしたかと思うと、胸が痛む。
親不孝娘の切ない思いと裏腹に、ダイヤは変わらずきらきら光っている。



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【2008/08/31 23:37】 | 未分類 トラックバック(0) |


あやこ3
何だか切ないですねぇー。
でも大事な大事な宝物の指輪ですね!

 ちょっと話が、ずれますが・・・私も相手は母に限らずですが、どなたかに何か頂くと、似たような態度をしてしまう時ありましたねー。
ところが、弟のお嫁さんと出会ってちょっと変わりました。
何しろ彼女は何か上げると、飛び上がらんばかりに喜ぶんです。
もう全く『申し訳ない』とか『遠慮』とは無縁です(笑)
それを受けて、こちらまで嬉しくなるんです。

 その、まっすぐな喜びように自分も、こうありたいなぁーって思わされました。
そうなんです、誰かに何かを頂いた時はまず喜んでる姿、態度が一番のお返しなんだなぁーって思いました。

 ところで、息子さんの引越しは無事に済みましたか?
寂しくて泣いてちゃ駄目ですよ!(^-^)





senju
あやこ3さん、こんばんは。
おっしゃるとおり、プレゼントを頂いたときは素直に喜ぶのが一番ですね。
指輪は大切にしています。
もちろん母からのプレゼントだからですが、なにせ唯一の虎の子なのです(笑)
長男の引っ越しは、今月20日です。
寂しくなるだろうなぁ


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今日も朝から雨。
愛知県の集中豪雨の被害に遭われた方たちのことを思えば、これしきの雨で文句を言ってはバチがあたりそうだが、どうにもこうにも鬱陶しくてかなわない。
蒸し暑くて、先週の肌寒さがうそのようである。
こんな日の晩ご飯は、さっぱりとしたものにしたい。
白身のお刺身で一杯といきたいところだが、長男の引っ越しを目前に何かと出費がかさむため、財布のひもを緩めることはできない。
とは思うものの、スーパーではつい鮮魚コーナーに足が向く。
目を引いたのは白身ではなく鰯。
神奈川県産の真鰯で鮮度は良好、10尾198円という、まことに我が家向けのお手頃さであった。
それほど大きくないこの真鰯なら、さっとお酢で〆ていただくと美味しいけれど、酢の物が苦手な息子たちが喜ばない。
かといって、いつものように生姜と煮付けにするのはなんだか面白くない。
しばらく考えて、「そうだ、有馬煮にしよう!」
有馬煮は山椒の風味を利かせた煮物のことで、我が家の冷凍庫には、今年の春に熊と遭遇したときに採れた山椒の実が入っているのである。

なかなか良い鰯だった。
下ごしらえの間中、ちっとも生臭くなくて、煮付けにするには少々もったいなかった。
鰯のお腹は指で簡単に割くことができるから、10尾であろうと下ごしらえは楽である。
平たいお鍋に、昆布出汁、日本酒、醤油、砂糖を入れて沸騰させ、鰯をきっちり並べていく。
落とし蓋をして、くつくつと煮込む。
頃合いを見計らって、山椒をたっぷり入れた。

今夜のおかずは、鰯の有馬煮のほかに野菜の天ぷら、きのこご飯に茄子と胡瓜の即席漬け。
さっぱりしたおかずとはならなかったけれど、かなりリーズナブルに仕上がって満足する。
さらに満足したのは、鰯であった。
手前みそながら、こっくりと煮付けた鰯に山椒の風味が清々しい。
命がけすれすれで手に入れた山椒なればこその味わいであったかもしれないけれど、
198円の鰯がちょっとした小料理になり、私としては得意満面である。
息子たちからも「お、なかなか美味いやん」と褒めてもらえては、ますます気分がいい。
今度、おもてなしにも使ってみようかな。






【2008/08/29 22:25】 | 未分類 トラックバック(0) |


あやこ3
 おはようございます。
有馬煮って初めて聴きますが、とっても美味しそう!
山椒の香りは大好きなので、何となく味の見当もつきます。
鰯も美味しいですしね。

私は梅干の実と一緒に煮る、梅煮が好きですが、今度この
有馬煮もぜひ、やってみようと思います(^-^)
ありがとうございまーす。




senju
あやこ3さん、おはようございます。
梅干しと煮る鰯も美味しいですよね。
大衆魚である鰯ですが、最近はあまりお目にかかれなくなったように思います。
動物園のオットセイと同じ魚を食べているなんて冗談は、もう言えなくなってしまいました。
有馬煮、鮮度のよい鰯が手に入ったら、ぜひお試しください。



ゆう
こんばんは。
お盆明けからの雨で、九州もすごしやすくなりました。

10尾で198円の新鮮な鰯が手に入るなんて、羨ましいです。
私は、鰯・鯖・鯵が大好きなのですが、お手ご価格で新鮮なものが手に入るのは、鯵くらいです。佐賀でも唐津方面に行くと違うのですが・・・。有明海の魚は、まだチャレンジできていません。
鰯・・・酢で〆ると美味しいですよね。子供のころ、なますに入っている鰯だけを食べて母に怒られていました。鰯の押し寿司も大好きです。
有馬煮も美味しそうですね。ご飯が進みそうですし、日本酒がほしくなりそうなメニューです。
想像していたらお腹がすいてきました。




senju
ゆうさん、こんばんは。
西日本の猛暑、一段落したようでホッとされていることでしょう。
鰯は久し振りのクリーンヒットでした。私の住むところは内陸ですから、なかなか新鮮な魚が手に入りません。
流通の良くなかった頃は、お刺身なんて滅多にお目にかかれなかったと言います。
佐賀では新線な魚がさぞかし豊富なのだろうと思っていましたので、びっくりしました。
夏の疲れが出るころです。くれぐれもご自愛くださいますよう。




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昨夜、枝豆を送らせてもらった友人のお母さんがお電話をくださった。
そろそろ80に手が届くというお年だが、ハキハキとした話し方はお年を感じさせない。
枝豆と一緒に地元で人気のある薄皮丸茄子の塩漬けを送ったのだが、そのお漬け物がとても美味しかったと喜んでくださった。
去年の春に大阪へ帰ったとき、友人の家で真夏の暑いときには丸茄子を氷の上に並べて食べるという話をしたが、お母さんはよく覚えていてくださって、「あなたの言うとおりにして、いただきました」とのこと。
大阪はまだまだ暑いから、
「きりっと冷やしたお茄子の食感がぷりぷりで美味しいから、、今夜は先生(掛かり付けのお医者さんのこと)に内緒でビールを飲みましてん」と楽しそうに笑っておられた。
よくよく聞けば、ビールを飲んだといっても一番小さいサイズを一本だけ。
こんなに喜んでもらえるのなら送った甲斐があったというものだが、ちょっと羽目を外し、うきうきした様子でビールをグラスに注ぐお母さんの姿を想像して、可愛い女(ひと)だなと思った。

今月の初めに、友人と東京へお寿司を食べに出かけた。
特に、しんこ(コハダの稚魚)が目当てだったから、しんこがあるかどうか心配しながら来ましたと言うと、「うちはしんこ屋じゃねえんだから」とお店の親方が笑っておられた。
さっそく注文すると、ほどよく〆たしんこがシャリの上にぴっちりと並んででてきた。
いやぁ、ほんまに美味しいわ~と大満足。
こういうとき、喫煙者は一服したくなるのである。
お店の中は禁煙だから、煙草は外で吸うことになる。
どうしようかなぁともじもじしていると、カウンター席の隣にいた老婦人が煙草をバッグから取り出してゆっくりと席を立たれた。
同席されていたご家族であろう人が「あら、また煙草?」
すかさず、私は「お付き合いさせてください」

お店の外で、その老婦人から、御年80であること、今日は家族でお芝居を観てきたこと、お芝居を観た帰りにはこちらのお寿司屋さんか、御徒町のぽん多へ行くとの話を伺った。
小柄な方である。身長162センチの私の視線が、いやでも見下ろす形になって決まりが悪い。
それにしても、お芝居を観た帰りに美味しいお寿司をつまむなんてのは、大阪人の私から見れば粋な江戸っ子そのもの。
「かっこいいですね」と言うと、老婦人は揃えた細い指を口元にあて、うふふといたずらっぽく笑って言われた。
「今日のお芝居は無料(タダ)だったのよ」

できることならば、私は彼女たちのような可愛いお年寄りになりたい。
いくつになっても「女は愛嬌」、これからのモットーにしょう。


今日の本
家畜人ヤプー まだ3巻目です。
三島由紀夫が絶賛したと聞いて読むことにしたのですが、どうも肌にあいません。
5巻まとめて買ってしまったので、貧乏性の私はとにかく読まなくてはと思っています。


【2008/08/27 22:24】 | 未分類 トラックバック(0) |
今日、仕事帰りに寄ったスーパーでご近所の奥さんと会った。
「毎日、買い物に来る?」と訊かれて、「はい、ほとんど毎日」と答えると、
「お弁当が要るからでしょ?」
まさしくそのとおりで、「今夜は外食!」なんてすると、たちまち明朝はお弁当のおかずに困ってしまう。
もともとお弁当に冷凍食品は極力使わなかったが、冷凍ギョーザ事件があってからは全く使わなくなった。
夏場は無理としても、涼しくなれば昨夜のおかずの残りをお弁当に使うという手もあるが、大喰らいの息子がいる我が家は昨夜のおかずが残るということがない。
買い置き作り置きができないから、毎日せっせとスーパーに通うはめになるのである。
ひところは、毎朝お弁当を4つ作った。
仕事に出かける母の分も要ったからだ。
母はそのことを舞台で漫才のネタに使ったらしく、
「この頃は寄席に来てくれはるお客さんが少のうなって、向いのうどん屋さんの方が混んでますねん。
せやけどね、お客さん、ミナミのおうどんは高うおまっせ、きつねうどんが一杯700円もするて家で言うたら、娘が毎日弁当持たせてくれますねん」
結構お客さんにうけたようだった。

私が心斎橋でOL(いまではOLなんて言わないなぁ)をしていたころ、母は毎日お弁当を作ってくれた。
母だって仕事をしていたから大変であったろうが、そのころの私はその大変さに気づきもしなかった。
おかずは卵焼きと菜っ葉などの青物がレギュラーで、塩鯖の焼いたん(焼き物)かミンチカツが毎日交代で入っていた。
ミンチカツは手作りだったが、ミンチカツに使うひき肉は、そのころ飼っていた犬の餌がひき肉であったことから多分共有していたのだと思う。

「お弁当は何が入っていても美味しいもんや、白いご飯の上にお醤油たらした鰹節だけでも美味しいもんや」と母はよく言っていた。
お弁当を作って10年あまり。
作る数が一つ減り、二つ減るのは楽なようでもあり、ちと寂しくもある。


【2008/08/26 23:01】 | 未分類 トラックバック(0) |
うんざりするほど、雨降りが続いている。
梅雨時の蒸し暑さがないどころか肌寒いくらいで、まだ8月なのに半袖ではおられない。
来月下旬には稲刈りが始まる若い稲穂の成長に、支障がでないかと心配になる。
我が家にお米を供給してくださっているKさんのお宅では、「こしひかり」「はえぬき」といった品種のほかに「さわのはな」という品種の稲を作っておられる。
去年、「さわのはな」を分けて頂いて食したところ、その美味しさに感激した。
お米らしいお米といえばいいのか、卵かけごはんとか薄塩のでっぷりした南高梅を一つ乗せるとか、シンプルに食べたくなるお米だった。
炊きたてはもちろんのこと、冷めても美味しい。
お米好きの息子が二人いては、我が家のお米の消費量がぐんと伸びたのはいうまでもない。
気の良いKさんは私の友人にも分けてくださったのだが、友人の娘さんは大のお米好き。
このお米なら海苔も何もいらない、塩だけのおにぎりを作って~と友人に言ったそうである。

大阪からこちらへ越してきて7年。
カルチャーショックは数あれど、一番舌を巻いたのは野菜の美味しさである。
越した当初に驚いたのは「えのきだけ」
鍋ものに欠かせないメジャーな「えのきだけ」だが、か細い体に似合わぬ力強い香りにびっくり。
大阪ではかつて経験のないことだった。
包装袋から取り出しただけで、えも言われぬ香りがして「えのきだけって、こんなに香りの良い茸だったの?」
そんな話を地元の人に言ったら、「今まで、どんな『えのきだけ』を食べてきたんだ?」と言われた。

今日も今日とて、地元の野菜直売所に出向くと、旬の枝豆が並んでいた。
「湯上り娘」という色っぽい名前の枝豆は、9月のお彼岸近くに出回る「秘伝」という品種ほどの香りはないが、コクがあってとても美味しい。
「地方発送賜ります」との看板があったので、大阪の友人たちがきっと喜んでくれるだろうと、数件に送った。
東北って馴染みがなかったけれど、貴方が越してくれたおかげで、東北の美味しいものが食べられるようになったわ、と常々友人から言われては、美味しいものを見つけて自慢したくなるのである。

47都道府県に友達がいるといいねと友人と笑いあったのだが、世界中ならもっといい。
北京オリンピックは今日閉幕したが、庶民レベルの食でつなぐ世界平和があってもいいなぁなんて大げさなことを考えたのでした。


今日の本
「家畜人ヤプー 第3巻」 読むだけで精いっぱい。


【2008/08/24 23:13】 | 未分類 トラックバック(0) |
今朝、出勤前にNHK総合TVで「大阪のオバチャンの紫外線対策」を観た。
大阪の猛暑は半端でないのに、腕から手の甲まですっぽり覆う長い手袋をつけ、ヨットパーカーのフードをかぶって紫外線を避けるという涙ぐましい映像だった。
流行っているという、顔を覆わんばかりの大きな黒いサンバイザーをかぶっておられる姿は、さながらダースベイダーである。
さすが、大阪のオバチャン、なりふりかまわぬ紫外線対策は観るものを笑わせるが、もっと面白かったのは彼女たちの話ぶりだった。
「顔面にサンバイザーのつばをおろして、前が見えるのですか」とインタビューされたオバチャンは
「見えるよ。男前が来たら、もっとよう見えるねん」
また、あるオバチャンは「日焼けは気になりますか?」と訊かれて、「そらそうやん。シワだけで十分やのに、シミまでいらんわ」
オバチャン二人がおしゃべりしている映像では、サンバイザーをかぶった人が「奥さん、これ(サンバイザーのこと)ええやろ、1500円で買うてん」

オバチャンにかぎらず、大阪の人は会話のところどころに冗談を交えて話す。
それが、たとえインタビューであろうと関係ない。
関東の人が「大阪へ行ったら、周りの人がみんな漫才をしているようだ」とよく言われるのはこのせいかもしれない。
また、大阪の人は「お得な買い物をした」と思ったときは、値段を披露して自慢する。
胡瓜一本,Tシャツ一枚といった、身の回りの些細なものであったとしてもだ。
もともと商売人の町である。商魂は市井の人にも受け継がれているのだろうか。
大阪にいたころ、市場で出汁昆布を値切った話を姪にしたら、「出汁昆布まで値切るやなんて、恥ずかしいことはやめて!」と叱られたが、なんのことはない、姪はバーゲン品を値切って買ってきたことを後日自慢していた。
よく、職場の人から「大阪のオバチャンはアニマル柄のスパッツ履いて、どこさいっても割り込んでくるんだべ」と言われる。
たしかに、図々しいという点においてはなきにしもあらずだけれど、個人的な好みは別として、アニマル柄のスパッツはオバチャンの間で特別もてはやされているわけではないと思う。
現に、こちらに引っ越してくるまでとうに大阪のオバチャンであった私は、一度もそれを履いたことがない。
どうやら、職場の人たちがそう思いこんでいるのは、一部のTV番組のせいであるらしかった。

大阪のオバチャンは笑うことが好きでパワフル、情にほだされやすいが、日本一「オレオレ詐欺」に引っかからないというシビアさも持ち合せている。
「日焼けなんかしたないわ。そら、色白の方がベッピンさんに見えるもん」
インタビューにそう答えた大阪のオバチャンが可愛らしく見えたのは、同郷のひいき目かしらん。


【2008/08/22 23:38】 | 未分類 トラックバック(0) |
仕事から帰って一息ついていると、長男がPCで面白いものを見せてやると言う。
一体、なにかいなとモニターをのぞくと、グーグルマップのストリートビューというものであった。
友人からも「面白いよ、きっとびっくりするよ」と聞いていたが、まぁそのうちくらいに思っていた。
実際に見て、いやぁ、びっくりするのなんのって!
アイコンを見たい場所にドラッグすると、そこの風景が画像で映るのだが、360度画像を回転することもできる。まるで、その場に立って、ぐるりと見回したような感覚だ。
大阪に住んでいたころの懐かしい場所に行ってみると、次男もPCの前にやってきて、「俺が通っていた小学校や!」と驚きの声をあげ、「相変わらず、ごちゃごちゃした町やなぁ」と笑う。
道路をどんどん進むように画像を動かすこともできるので、懐かしい街並みを歩いているように見ることができるのだ。
こんな狭い裏道まで!と仰天するほど詳細で、こんな芸の細かいことをするなんてとちょっと呆れるくらい。
まだまだ日本全国を網羅するには至っていないようだが、いずれはどこでも見られるようになるのだろう。
ふと思い立って、近頃引っ越しをした友人の住所にドラッグしてみた。
すぐ近くに、いかにも下町の喫茶店といった趣のお店がある。
ちょっといたずら心をおこして、その友人に電話をし、近くに「××という喫茶店があるでしょ?」と言うと、「ええ!!今、そこにいるの?」と驚いた様子。
からくりを話すと、「私もすぐにストリートビューを見てみるわ」ということだった。
大笑いをしている私に次男が言った。
「おかん、この家もいつかはストリートビューに載るで。カッコ悪いとこ撮られんようにな」
たしかに。くたびれた洗濯物を干しているところは撮られたくないなぁ。


【2008/08/21 22:24】 | 未分類 トラックバック(0) |
こちらでは、お盆を過ぎると急に秋めいてくる。
雨が続いたせいもあるのだろうが、空気がひんやりとして、窓を開け放していると肌寒い。
お盆の間、帰省した人や観光客でにぎわった町が、昨日あたりからひっそりして祭りの後を思わせる。
ご近所から聞こえてきた花火の音と子どもたちの笑い声に代わって、虫の音が静けさを引き立てる。
去年の秋、3つばかり実をつけた栗の木が、今年は7個ほど実をつけた。
青々した若いイガが褐色になるのを、楽しみに待っている。
でも、たった7個では栗ごはんも炊けないな……
庭の畑の胡瓜はみな「し」の字になって、元気がなくなってきた。
今年あまり実をつけなかった茄子も同様である。
その中で、がぜん元気なのはプチトマトで、鈴なりについた実が真赤になってきれいだ。
プチトマトはお弁当の隅に入れるのにもってこいで、大変に重宝しているから、まだまだがんばってもらいたい。

お盆休みに、雑草だらけになっていた庭の草むしりに汗を流した。
日焼け止めをたっぷり塗り、藪蚊にさされないよう割烹着を着、帽子をかぶってタオルを首にまくというなんとも色気のない格好で、悪戦苦闘。
お隣の庭にまで侵入していた雑草を引っこ抜くと、白い桔梗が姿を表した。
楚々とした花である。つぼみの形もかわいい。
気がつくと、灯油タンクのそばで女郎花も咲いている。
植えたおぼえなどないのに、荒れ放題で虫たちのパラダイスになっている庭なのに、ご苦労様です。
立ち枯れだした紫陽花の足元では、不如帰がぐんぐん葉っぱを延ばしている。
東北は、秋の装いを始めました。

【2008/08/19 22:40】 | 未分類 トラックバック(0) |
今秋より社会人になる長男は、来月に引っ越しの予定である。
いよいよ自立するわけだが、その現実を前にしてもいまいちピンとこない。
ハンバーグを作るときに、もうひき肉を700gも買わなくて済むんだなとか、(長男と次男は大きな草鞋のようなハンバーグを二つずつ食べる)、毎日7合、8合とお米を炊かなくてもいいんだなとか、どうも
世帯くさいことばかりが頭に浮かぶ。
「出て行かれたら、寂しくなるわよ」と職場の人に言われると、ああ、きっとそうだろうなぁと思うけれど、長男がちゃっちゃと引っ越し準備をしないかぎり、いつもと変わらぬ生活風景なのである。
お盆休みは、毎日長男と顔を突き合わせてお昼ご飯を食べた。
「アパートはどうするの?」
「うん、わかってる」
「スーツ、一着しかないやろ?」
「うん、わかってる」
いったい、どこまでわかっているのか測りかねるけれど、見上げるように大きくなった長男に手とり足とり教えるなんて愚の骨頂。
ま、なんとかするでしょうと高を括ることにした。

ところが、昨夜、お盆休みも今日で終わりという夜になって、彼は「車の免許をとりたい」と言いだしたのだ。
たしかに、就職前の合間を免許取得に充てるのが最善とは思うけれど、アパートは決まらず(探してもいない)、世帯道具はフライパンと薬缶を買っただけ。
私は「なんでもっと早く言わないの?時間がなさすぎる!」と反対したが、彼は生活に関することはなんとか間に合わせてみせると言い切る。
それでも反論を続ける私を制して、長男が言うことに
「オカンを責めるわけやないけど、俺は親父がおらんかったから、当り前に親父が運転する車の助手席に座ったことがない。車の名前も種類も知らん。車に関しては、ずっと負い目みたいなものを感じていたんや」
社会人となる今、その負い目を断ちきりたいのだと言う。
私は言葉につまった。と同時に、思い出していた。
長男がまだ幼かった頃、お風呂屋さんでのことである。
幼いゆえに長男は私と一緒に女湯に入っていたのだが、湯船に浸かっていた同じ年ごろの男の子が壁の向こうの男湯に向かって「お父さ~ん」と呼びかけた。
「おー」だったか「あー」だったか忘れたけれど、父親らしき男の人の声が聞こえた。
それを聞いていた長男が私に、「お母さん、僕も『お父さん』って呼んだら、返事が返ってくる?」と言ったのだった。

私の反論はここで完敗。
そうとなっては、親の勝手の代償として全面的に応援してやりたいが、情けないことにローン(しかも本人名義)に頼るしかない。
「あんた、しんどくなるで?がんばれる?」
笑うと幼いころの面影が残る長男の笑顔に、少しばかり頼もしさを感じた。





【2008/08/18 23:03】 | 未分類 トラックバック(0) |
今年のお盆休みは6日間。
とりたてて予定があるわけでなし、お世話になっているKさんのお宅に遊びに行きたいと思っていたが、地元の方(とくに主婦)は帰省した家族の世話や親戚廻りでお忙しいので遠慮することにした。
去年は図々しく「私の夏休み」と称してKさん宅へ遊びに行ったのだが、Kさんは嫌な顔一つせずお付き合いしてくださったのを今更ながら申し訳なく思う。
オリンピックのおかげで、さほど退屈することはなかったのだが、退屈凌ぎにするなんてあまりにも選手たちに対して失礼だ。
ごめんなさいという気持ちと、選手たちの自己の限界に挑む姿勢に感動する気持ちと、こんなに頑張っている人がいるのに、毎日ゴロゴロしている私はなんなんだ?という自己嫌悪が錯綜する。
なんとなく気持ちが晴れないのに、奇書と呼ばれる本を読みだしたのもいけなかった。
こういう時はいくら暑くても、ビールはお腹でどぶどぶするばかりであまり美味しくない。
就職が内定して今秋から社会人になる長男も、お盆休みの間は手持無沙汰なようでご機嫌は芳しくない。
唯一、我が家で元気なのは次男だが、昨日今日とマーク模試でお疲れ気味である。
いつもなら、3人家族にしては賑やかすぎるくらいの我が家だが、まるで祭りの後の静けさ。
ここ2日ほど降り続いた雨が上がって、今夜は肌寒いくらい。
晴れた夜空に浮かんだ月が銀色に冴えて、早くも秋の気配がする。


今日の本
「愛猿記」子母澤寛
「家畜人ヤプー」1巻 沼昭三
「愛猿記」にある「チコのはなし」には泣かされました。
「家畜人ヤプー」は……手ごわいです。

【2008/08/17 23:22】 | 未分類 トラックバック(0) |
北京オリンピック開会が間近に迫り、とうとう辛抱できなくなってテレビを買った。
近所の量販店で買ったのだが、店内にずらりと並ぶ大型テレビと見比べるとさほど大きくないと思ったのに、茶の間に置いてみるとなかなか立派である。
映像はクリアーできれいだし、2ヶ月あまりテレビなしの生活をしていたせいか、珍しくて見入ってしまった。
夕方になって帰宅した次男も、鎮座しているテレビを珍しそうにみて、「でかっ!」と言った。
さて、テレビ嫌いの長男がどんな反応をするか、「こんな大きなテレビ、無駄やんか」と非難轟々ではあるまいか。

夜8時過ぎに長男ご帰還。
以外にもテレビを見るや否や、「偶然やなぁ」と言う。
今夜は一緒に映画でも観ようかと、DVDを借りてきたと言うのである。
私のパソコンでDVDは観られるけれども、モニターが小さいからなぁとちと物足りなく思っていたらしい。
「どうでもいい番組は観なくていいけど、映画を観るにはちょうどええわ」
一言多い長男である。

観た映画は「I am legend」
食卓にホットプレートを置き、焼きそばを焼きながら観た。
映画の感想は「……」だったけれど、長男が「俺が映画を観ようと思ったときに、おかんがテレビを買うてくるなんて、家族って不思議な勘が働くんかな」と言った。
「いや、私は北京オリンピックが……」と言いかけて止めた。
長年、一つ屋根の下で暮らし、お昼のお弁当もそれぞれの持ち場で同じものを食べてきたのだ。
不思議な勘か、そういうことってあるかもしれないね。

今日の本
長い間、書いていませんでした。
つい、忘れるのです。

「夢からの手紙」 辻原登著
大阪でうなぎのかば焼きのことを「まむし」と呼ぶのを思い出しました。
「夜中の薔薇」 向田邦子著
この人のエッセイーが大好きです。
憧れます。


【2008/08/02 23:27】 | 未分類 トラックバック(0) |
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