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明日から師走。
「今年のよごれ、今年のうちに」のCMが流れだすと、今年こそ早めに大掃除を始めるぞ!と決意する。
決意はするが、仕事は忙しくなるわ、忘年会だクリスマスだと遊ぶことは多いわで、毎年お正月まであと3日という段になって大掃除をする羽目になる。
悪戦苦闘しているが、禁煙という一大事に踏み切ったことだし、いつもと違う私を自分自身にアピールするため、大掃除を少しずつでも始めることにした。

押入れを片づけるのは、とにかく時間がかかる。
よくまぁ、こんなに詰め込んでと我ながら呆れる量であることは確かだが、古いアルバムや手紙の束がでてきたりすると、もういけない。
つい、写真や手紙に没頭してしまうのだ。
片づけなければいけない本や雑誌、古着などが山と積んであるのに、その山に埋もれて、時折笑い声をあげたり、鼻水をすすったりしながら思い出にひたってしまうのである。
思い出にひたっているうちに外はとっぷりと暮れて、大した片付けもせぬうちに、夕飯の支度にとりかかる時間になっていた。
えらいこっちゃ!と言いながら、片付けきれなかったものを押入れに納め直していると、母の三味線のバチが入ったケースを見つけた。
なにげに手にとって蓋を開けてみると、蓋の裏に母の字で日付が書いてある。
ああ、そうだった、母は物に、買った日付を書き入れていた。
茶の間の時計の裏や電話の脇に置いてあるペン立ての底といった、目立たないところに書いてあった。
年末の大掃除になると、その日付を見ることになるのだが、何年間使ってきたのか一目瞭然で、愛着がわいてきたものだった。

なかなか素敵な習慣なのに、いつの間に忘れてしまったんだろう。
次に押入れを整理するときは、思い出せるかぎりの日付を物に書き入れよう。
それを見た息子たちが、今日の私のように、「俺も日付を書いておこう」と思ってくれるといいな。


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【2008/11/30 23:37】 | エッセイ トラックバック(0) |
禁煙前は、毎日せっせと煙草を一箱買っていた。
買う必要がなくなった(なくならせた?)今、使うはずだった煙草代を小さな空き箱に貯めている。
ほーら、ごらん、こんなに無駄遣いしてきたんだぞ!と自分を戒めるためもあるが、
ちょっとした金額になったら、欲しかったものを買うという楽しみもある。
我儘な自分に我慢を強いてきたのだから、それは家事用事に使うものではなく、これぞ禁煙の証しと言うにふさわしいものでなければならぬ。
欲しいのは、楽器の電子キーボードである。

私が弾ける楽器といえば、小学校の時に習ったリコーダーくらい。
それも、「アマリリス」を吹きながら通学路を歩いたクチである。
何か一つくらい、ちょっとはましに楽器が弾けたらどれだけ生活が変わるだろうと常々思っていた。
俗に「50の手習い」というが、今さら本格的にクラッシックな楽器を習っても、到底上達は望めない。
ならば、ど素人に嬉しい機能満載の電子キーボードはどうかと思いついたのだった。
ご近所にトンチンカンな音を響かせることなく、練習ができる。
どこをどう弾いたらいいのか、鍵盤に案内ランプが点灯する。
弾きたくないときは、キーボードが一人で曲を弾くという芸当もやってのける(らしい)。
そのうち、なんとか楽譜も読めるようになるのではないかと、あまーく考えてもいる。

うんと練習して、弾けるようになりたい曲がある。
キャロル・キングの「It's too late」
この曲の弾き語りは、高校の文化祭で先輩が歌っているのを聴いたときからの夢である。
現在、この先輩はジャズシンガーだから、私とはかけ離れた歌唱力をお持ちなのだが……。
ウィスキーグラスを傍らにおいて、やおら弾き語りを始めるなんて、カッコいいよなぁ


昨夜は「あまり気張らずにがんばって」というコメントを頂いた。
どうもストイックは性に合わないので、成功の暁の楽しみを思い浮かべつつ、禁煙に取り組むことにした。




【2008/11/27 23:04】 | エッセイ トラックバック(0) |


あやこ3
 おはようございます!
キィボード!いいですねぇ・・・。
ステキー、素敵です。
 私も娘の電気ピアノ(出ない音がある 笑)をその内に・・・と思っている一人です。

 認知症予防にも最適(笑)です☆




senju
あやこ3さん、こんばんは。
キーボードを買うって、なかなかいいアイデアでしょう?
他にもいろいろ楽器を考えたのです。ロックが大好きなので、ベースギターをガンガン弾いたらすっとするだろうなぁとか、弾けもしないくせに考えたりします。
聞くばかりであった音楽を手元に寄せると、ちょっと大袈裟ですが、今までとは違った世界が生活に彩を添えてくれるような気がします。


ゆう
こんばんは。
キーボード、いいですね。
先日、久しぶりに叔母に電話をしたら、キーボードを購入し練習をしていると嬉しそうに話をしておりました。
私は、下手の横好きでピアノを弾いていますが、ストレス発散にかなり役立ちます。


senju
ゆうさん、こんばんは。
叔母様も練習なさっているのですね。
私もはやく弾いてみたい!励みになります。
ピアノは永遠の憧れです。ピアノを弾いてストレスを発散することができるなんて、すごく羨ましいです。


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禁煙日記をつけるつもりはないが、ここ2.3日の最大関心事が禁煙であることから、ブログはどうしてもそちらへ傾いてしまう。
非喫煙者の方に読んでいただくと「自業自得とはこのことだ」と思われるかもしれないが、禁煙成功された方は「苦労してでも止めた甲斐はあるよ」とエールを送ってくださっているかもしれないと都合よく考える。
昨夜、リンクを貼らせていただいているお二方から応援のコメントをいただき、「がんばるぞ!」と決意を新たにした。
 
今日で禁煙3日目。
煙草を我慢するのに、特に辛いシーンはいくつかある。
まず一つは、仕事から家に帰ってきたとき、家事がひと段落したとき、ようするにほっとした時だ。
これはガムを噛んで回避している。
パソコンの前でブログを考えるときも、やけに煙草が吸いたくなる。
ガムばかり噛んでいては飽きてくるので、スクワットも取り入れて回避。
一番辛いと思われるのは、お酒を飲んだとき。
我慢しきれず、煙草に手を出したが最後、総崩れになっている絵がありありと眼前に浮かぶ。
禁煙が板につくまでは、禁酒が無難と考えて、禁酒も3日目である。
禁煙と禁酒をセットにしようと思えば、夕食の献立も変わってくる。
今夕、スーパーで活きの良いするめ烏賊を見つけ、「塩辛を作りたいな」と思ったけれど、
献立に酒の肴は禁物。
結局、イタリアンにしたのだが、カリフラワーのグラタンが我ながら上々の出来で、ワインを我慢するのに一苦労したが、それ以上に強烈だったのはお腹が満たされたときにおこる喫煙欲求だった。

明け方、とても悲しい夢をみた。
悲しくて悲しくて、わんわん泣いている夢だったが、自分の泣き声で目が覚めた。
普段はあまり夢をみることなく爆睡する方なのだが、これはひょっとして禁断症状のひとつかしらん。
前途は多難である。



【2008/11/26 22:37】 | エッセイ トラックバック(0) |
今までに禁煙したことがあるのは、妊娠中と授乳期間、それと去年の秋の4日間。
禁煙の難しさは身をもって知っているつもりだ。
昨夜のブログに書いた「スパッと煙草をやめた」友人は、煙草を止められないと思うのは幻想だと言い切る。そんなことはない、生活習慣を変えるのはかなり努力がいる。それも悪い癖にかぎって止められない、身に纏わりついてなかなか離れない、それをどうして幻想と言えようか。
およそ30年付き合ってきた煙草は、生活シーンの中に染み込んでいるのである。
一杯のコーヒーを飲むにも、飲む速さに合わせた煙草の吸い方があり、仕事から帰ってほっとしたときの煙草、深夜にウィスキーをゆっくり飲みながらふかす煙草、どれもこれも切り捨てられない。

しかし、しかしだ。
いつかは止めないといけない煙草なのであれば、一日でも早い方が身体のためにも経済的にも良いに決まっている。
第一、ぐずぐず思いながら吸っている煙草なんて、すごくみっともない。
今年の夏、神保町のお寿司屋さんの前で、煙草をご一緒させてもらった老婦人のように、きりっとした煙草なら腹の据わった潔さが感じられるが、私みたいなヒヤヒヤぐずぐずは、まるで盗み煙草をするコソ泥さながらではないか。
お気に入りのスカートに煙草の火を落として穴をあけたことは、一度や二度ではない。
「おかん、煙草の煙、臭いって!換気扇の下で吸うて!」と息子に言われたときの、侘しかったことといったらなかった。

と、煙草のマイナスイメージを書き連ねたのは、ほかでもない。
さきほどから、すごーく煙草を吸いたいからである。
残してある2本の煙草が気になって、ちょっとくらいいいかなぁと何度も思う。
吸いたい気持ちを胸に溜めていると爆発しそうなので、大声で叫んだ
「あーー、煙草、吸いたい!」
「おかん、辛抱しぃや。俺には、辛抱して(勉強に)がんばれって言うやんか」

禁煙の難しさは、やはり、幻想などではない。

【2008/11/25 22:40】 | エッセイ トラックバック(0) |
往生際の悪い私が、とうとう禁煙に踏み切った。
50の大台にのったときには煙草とは無縁の生活を送っている予定だったのが、今日から明日から来月からと日延べして、来月には51歳になる。
えいっと踏み切ったきっかけは、会社の健康診断で中性脂肪とγ‐GTPが異常値だったことから、門をくぐった病院に禁煙外来があったからである。
幸い、肝臓は投薬するほどのことではなかったが、禁煙外来がやけに気にかかる。
せっかく病院に来たのだから、「禁煙をしたいのですが」と診療を申し込むと、問診表を手渡された。
禁煙を試みたことはあるか、試みて失敗したことはあるか、どちらも「はい」
一日に吸う煙草の本数を書きいれ、何年煙草を吸っているかの欄ではたと手が止まる。
今さら補導されるわけでもないのに、煙草は二十歳になってからの標語を守って30年と書いた。

看護師さんが直径2センチほどの筒をもってこられて、ここに息を吹き入れるようにと言われる。
吹き入れた息から体内のニコチンを測定し、見合った処方箋を出してくださるとのことだった。
私はニコチンパットをお願いしたのだが、測定されたニコチンの量によってパットの大きさが変わるらしい。
案の定、一番大きなパットを処方された。

ニコチンパットを体に貼っている間は、絶対禁煙。
パットから軽い量のニコチンを摂取しているので、煙草を吸うと摂取過多になるからである。
「絶対に吸うな」と言われると、はたして続けられるかどうか自信がない。
「パットになんか頼っているようじゃ、絶対に禁煙はできないな」と友人に言われては、ますます不安になってきた。この友人はスパッと煙草と縁を切った実績をもっているから、やけに説得力があるのだ。
結局、パットを貼ったのは、処方してもらってから10日目の今日。
朝から一本も煙草に火をつけてない。
それでも、どうしても我慢できないときのために、煙草は2本だけ置いてある。



【2008/11/24 21:26】 | エッセイ トラックバック(0) |


あやこ3
 ガンバレー!ガンバレー!
応援してますよ(^-^)



ゆう
こんばんは。
応援していますv-91
夫も、2年10ヶ月禁煙続行中です。


senju
あやこ3さん、こんばんは。
ありがとうございます。
応援をいただいては、もう後には引けませんね。
すぐにしぼんでしまう決意を、なんとか持たせます(笑)


senju
ゆうさん、こんばんは。
応援をありがとうございます。
まぁさんは3年近くも禁煙されているのですね。
えらい!私もあとに続くよう、がんばります。


sanatch
私は止めて7年くらいです。今ではものすごくタバコが苦手になってしまいました。勝手なものです(笑)
私は止める時に3日くらい1人で飲みに行きました。大体1人で飲みに行くと間を持たせるために1箱は吸っていたのですが、その3日間1本も吸わなかったことが自信となり、止めれた気がします。あまり気張らずにがんばってください。


senju
sanatchさん、こんばんは。
応援くださって、ありがとうございます。
一番の難関は、やはりお酒の席での禁煙と思います。
まだまだ不安ですが、7年経てば煙草に見向きもしなくなることを励みにがんばります。


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昨日の夕方、長男が帰ってきた。
夕飯には何が食べたいかと訊くと、即座に豚カツ!という答え。
揚げ物は食べ飽きているでしょうと言うと、揚げ物は自分で作れないからと言う。
「鍋ものや刺身の方が食べ飽きてるわ」
「ま、贅沢な!」
「鍋ものは作りながら食べられるし、刺身もすぐに食べられるやん」
自炊しているのはわが息子ながら感心するが、よくよく聞けば酒の肴ばかりだった。

久し振りに親子三人で食卓を囲めば、職場のこと、学校のこと、最近観た映画のこと、音楽のこと、挙句は麻生さん小沢さんまで肴になって、用意していたビールはあっという間になくなり、慌ててコンビニへウィスキーを買いに走る始末であった。
めっぽうお酒に強い長男は、ほろ酔いになった私のころ合いをはかって、出汁昆布を持って帰りたいと言いだした。
彼は、私がほろ酔いになると気前良くなるとふんでいるのである。
癪だなと思いつつも、「羅臼はイヤやけど、函館で買った花折れでよかったら」と言ったが運のつきで、ローズマリーの蜂蜜、大事にとっておいた岩手県産の合鴨肉を提供してしまった。

私にも覚えがある。
結婚していたころ、実家に帰ると、「お母ちゃん、なんか(何かもって帰っていいもの)ない?」と言っては冷蔵庫をのぞいた。
母は「なんにもないで」と言いながらも、たとえお醤油の一本でも持たせてくれたものだ。
今になって、そのときの母の気持ちが分かる。

夜になって、長男から無事に着いた、昨夜はありがとうとの電話があった。
彼が小学生のころから、よそのお宅でジュースを一杯いただいても必ず報告するように、お礼の電話をしないといけないからと口うるさく言い聞かせてきた成果なのだろうか、あまりに律儀なのでちょっと可哀そう気がしないでもない。
初給料でプレゼントしてくれた、カットのきれいなグラスにウィスキーを入れて、「大きくなったな」と一人で乾杯する今宵でした。



【2008/11/24 00:45】 | エッセイ トラックバック(0) |
予報どおり、初雪が降った。
朝、こわごわ窓を開けて見ると、積雪はなく路面が濡れているだけ。
この程度なら自転車に乗れると、次男は着ぶくれしたなりで学校へ出かけた。
まだまだ大したことはない、東北とはいえ11月だものと楽観して出勤したが、退社時刻になると、大粒の牡丹雪が降っていた。
幾度となく見上げた空が、いつもと違った顔つきをしている。
すっかり暮れた空からひらひら降りてくる雪は静かで儚げで、それでいて、かなりしたたかである。
雪の降り始め、道路はひどく渋滞する。
うっすら雪をかぶった車の列をぼんやり見ながら、歩道を歩いた。
本格的な冬の冷たさに満たない歩道に下りた雪は、次々に水へと姿を変える。
―すべらないかな
スニーカーの底を歩道にきゅっと押し当ててみると、ざらついたアスファルトの感覚が返ってきて、ほっとした。

家に帰ると、次男が炬燵で丸くなっている。
「今日の晩ご飯は何?」
石油ストーブに火をいれ、目一杯水を張った薬缶をストーブに乗せながら、「今日はしゃぶしゃぶ」
しゃぶしゃぶと言えば聞こえはいいが、お肉は大特価のオーストラリアである。

夕食を終え、お腹いっぱいになった次男は炬燵の魔力にとり憑かれたか、小さな寝息をたてだした。
ストーブの上の薬缶は、細い湯気をあげてチンチンと鳴る。
外は早くも寝静まったように静か。
ああ、冬の音だ。
TVのボリュームを下げて、明日の天気予報をみると、東北各地にころころと雪だるまが転がっていた。


【2008/11/19 22:40】 | エッセイ トラックバック(0) |

奈良も
にゃんたま
めっちゃ寒いよ~!

ストーブとコタツなかったら生活でけへん。

うちも今日は「チゲ鍋」するわ~!


senju
にゃんたまさん、こんばんは。
奈良の寒さも格別、底冷えがするものね。
インフルエンザが流行っていると聞いています。
くれぐれも気をつけて!


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今夜から明後日にかけて、大雪の予報が出た。
いよいよ、おいでなすったなといった按配である。
とはいっても、物干し竿を軒下に片づけたくらいで、雪囲いや除雪の道具を納屋から引っ張り出すといった冬の備えはできていない。
平成18年豪雪は年内からずっと雪が降り続き、地元の人にさえ、「年内に雪おろしをしたのは初めて」と言わしめた。
それほどの豪雪を経験したにも関わらず、年内に降る雪は根雪にならないという一般論を都合よくあてにしている。
喫煙に関しても同じで、肺がんが怖い、喉頭がんが怖い、百害あって一利なしは重々承知しているが、今年亡くなった著名な映画監督は朝一本の煙草に火をつけると、一日中煙草の火をけすことがなかったと言われるくらいのチェーンスモーカーだったと聞いている。
それでも大往生と呼ばれる御年まで生きていらしたではないかと、これまた都合よくあてにしているのである。
これは、とりもなおさず、「私は大丈夫」と過信しているのに違いないのだが、実は現実逃避という弱さがある。
いつかは面と向かう現実に、あともう少し、ほんの少しだけ待ってと後ずさりしているのだ。

大阪にいたころ、勤めていた会社の同僚に、不幸なことが立て続けに起こった。
ご主人の病気、彼女自身の病気、身内のご不幸、どんな言葉をかけていいのか分からずにいた。
困った挙句、そのまま「なんと言えばいいのか分からない」と正直に言うと、彼女は「いいの、いいの、
通らなあかん道やったら、通るしかないんやから」
決して諦めではない強い物言いに、こちらが励まされる思いであった。

喉元過ぎればの如く、10数年前の貴重な体験はちっとも生かされず、さきほどから南側の窓をガタガタ鳴らす風の音に肝を冷やしている。
屋根を叩く雨の音がしんとなれば、雪になる。
「明日、長靴履いて学校に行かなあかんかもしれんよ」
「たしか、長靴に穴が空いていたと思うわ、ま、なんとかなるやろ」
親子して、高を括っているのであった。

【2008/11/18 23:56】 | 未分類 トラックバック(0) |

まいど~!
にゃんたま
ガンも1回なったら開き直るもんよ(笑)

11月29日に京セラドームでジュリーの還暦集大成コンサートがあるねん。
タイガースの解散コンサートのTVをsenjuさんちで見たなぁ。覚えてる?忘れてるやろなぁ。。。

で、そのコンサートにコーラス隊の一人として参加します(笑)


senju
にゃんたまさん、こんばんは。
ご賢察のとおり、解散コンサートを観たことをすっかり忘れていました。(←どんなコンサートであったかも覚えていない)それにしても、長年にわたって応援してくれるファンがいるなんて、エンターテイナー冥利につきるとジュリーさんは思っているのではないでしょうか。
コンサートではコーラス隊の一員として、大いに弾けてきてください!

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長男の置き土産というべきか、次男は長男からいくつか古着をもらったようだ。
高校3年生の彼は、ちょっとコンビニへ行くのにも、わざわざ服を着替える。
古着とはいえ、たかだか徒歩3分のコンビニへジャケットを着ていくのはオーバーではないかと思うのだが、とかく他人様の目が気になる年頃なのだ。
今夜着て行ったジャケットは、ベージュ地に茶色のストライプでかなり細身である。
よくよく見ると、レディース用のジャケットで、「それ、女物やで!」と指摘しても
そんなことは気にならないと言う。
青は男色、赤は女色と教えられて育った世代の私には、どうも座りが悪い。
男の人(女形、ニューハーフの方を除く)が女物を着るのには難色を示すが、女の人が男物を着るのは場合によってはなかなか素敵だと思う。
タワーリング・インフェルノという旧い映画の中で、女の人が(女優が誰だったか思い出せない)恋人のカッターシャツを素肌にまとっている姿はすごく素敵だった。
以来、死ぬまでに一度は体験してみたいことの一つになっている。

話が、どうでもいいことに逸れてしまった。
長男は古着が好きでたくさん買い集めていたが、げっ!と思うような小汚いものや、ほつれ破れて修復できそうもないものや、私がサーフィンに興じていたころに流行ったものなど、どこがいいのかさっぱり分からないものがほとんどであった。
何よりも、どこのどなたが着用したのか分からない代物を、身に着けるなどもってのほかと思っている私には到底理解できない。

「そんなこと、どうでもいいやん。自分が着たいと思ったら着るし、それが自分にしっくりきたらいいのと違うのん?」
なるほど、そういうことですか。
昨夜に引き続き、価値観の違いをまざまざと見せつけられた思いである。



【2008/11/17 22:32】 | 未分類 トラックバック(0) |


あやこ3
 価値観の違い・・・ホントに親子でも全く違う人格なんだなぁー、と自覚するのがそれが顕著に表れた時ですねぇ。
お気持ち解りますよ!
 私は娘が居ますが、まぁ価値観というよりは、好みが全く違って、よく母娘で服をみあいこ(お互いに貸し借りする事)にするって話ありますが、ウチはゼロです。
全く好みが違うのです。
おまけに、これだけ母が手作り大好きなのに娘は大嫌いです(笑)
ほんとに親子でも違います。
あと子供達もみんな違います。
 人間が成っていく過程の創造の不思議さを感じます(^-^)



senju
あやこ3さん、こんばんは。
そうですね、同じように育ててきたつもりでも、長男と次男は性格がまったく違います。親子であっても、似通ったところがあるというだけで、まったく別の人格。当たり前なのですが、手なずけられる(?)年頃の記憶が鮮明で、いきなり「私はあなたではありません」と突き付けられると、私はうろたえてしまう情けない母親であります。
もっと、しっかりしなくてはと反省しています。

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若い人たちの間で、車離れが進んでいるらしい。
都会に住む人たちのことだろうと思うが、地球にとっては大変に喜ばしいことであり、背筋の寒い経済にますます暗い影を落としそうでもあり、複雑な気持ちになる。

私は運転免許を持っていないが、車が好きだ。
うんと若い頃、国道43号線を車で走っている夢をみたが、その爽快さはいまでも思い出せる。
御堂筋から国道26号線に入る道路を、白い117クーペが走り抜けた、たまたま見かけたそのワンシーンは長く私の目に焼きついていた。
その当時、モテる男の必須条件の一つが車を持っていることであり、「彼氏ができたの」と嬉しそうに話す女の子には、「彼氏はどんな車に乗ってるの?」と訊くのが習慣でもあった。
サーフィン仲間の一人で車を持っていなかった男の子は、風月堂のゴーフルが入っていた空き缶に、車を買うための頭金を貯めていた。
まだ社会にでたばかりの彼であったから、きっと爪に火をともすような思いの貯金であったと思う。
「銀行に預けないの?」と訊くと、記帳された数字よりも、現金がたまっていく様を手に取る方が、
「ああ、一歩車に近づいたなぁと思える」

車はとにかく経費が掛かる。
税金、保険、駐車場代、ガソリン代、オイル交換、おまけに車検となれば、クールな若い人たちから敬遠されるのも頷ける。
そればかりが車離れの要因ではないだろうが、とにかく車の必要性を感じないのだそうだ。
私の知る限り、車は便利なだけでなく、ロマンチックなシーンに一役も二役も買ってきた。
春の雨がそぼふる夜のドライブ、ボサノバを流せば、ベタな大阪人でもハリウッド俳優になる。
「今日、彼女と別れた。一杯つきあってくれないか」と誘われた居酒屋で、
「バックミラーに彼女の泣いている姿が映っていた」と聞かせられては、たとえ爪楊枝をくわえていてもダンディに見えてくるのだった。

車に憧れをもつのは、マイカーが高嶺の花だった時代を過ごしてきたせいかもしれない。
「家つき、カーつき、ババヌキ」が理想の結婚相手と言われた時代もあった。
「ババヌキ」のババになりつつ、豊かになった日本に生まれた若い人たちの「高嶺の花」はなんだろうと考えた。

【2008/11/16 23:39】 | 未分類 トラックバック(0) |
九州と東北の新蕎麦交換をしない?と佐賀の友人にもちかけたのは、去年のこと。
忘れているだろうなと思っていたのに、律儀な彼女は、新蕎麦の発送はいついつ可能になるが、あなたの都合の良い日はいつかと、きめ細やかにメールを送ってくれた。
やり取りの結果、今日、阿蘇の新蕎麦が届いた。

いやもう、我が家は大騒ぎである。
「阿蘇の新蕎麦が届くよ」と招待した友人はお刺身持参で来てくれ、やれ昆布出汁だの、鴨南ざるのつゆに入れるお葱を焙れだの、九州からの美味しい来客を迎える段取りにてんやわんや。
お酒は用意した?
もちろん!盗み吟醸をぬる燗で。

美味しいお蕎麦だねぇ
台所で天ぷらを揚げていると、茶の間から友人の声がする。
さきに食べたの?ずるい!
水そばでいただいたけど、ほんの少しだよ

sb1

あたふたと食卓につき、次男と友人と三人でお蕎麦をすする。
うーん、美味い!
最近、言葉数の少なくなった次男が唸った。
蕎麦つゆは一緒におくってもらったものと、鴨肉の入ったつゆと二つ用意したが、
こちらのお蕎麦にはシンプルなつゆが合う。
薬味は辛味大根、生わさび、お葱とそろえたが、やや甘めの蕎麦つゆには、お葱と生わさびが合うのではないかな。

美味しいねと満足げな友人は、熊本に行ったことがあるよと話してくれた。
熊本は天草地方の車海老が美味しいこと、天草ではデパ地下でも生きた車海老が売られていることなどなど。
今朝は霜が降りたというのに、今宵の我が家は九州の秋に思いを馳せる。

一緒に送ってもらった蕎麦茶、むきそば(九州では蕎麦米と呼ぶそうだ)、葛とうふ。
すっかり出来上がって帰った友人に、「さきに食べた」とあとから恨まれては困るので、次回にとっておくことにした。
食べ物の恨みは怖いのである。

sb2


今宵、佐賀の友人はご主人と晩酌をしながら、
「お蕎麦、どうだったかなぁ」と酒の肴にしてくれただろうか。
ええ、存分に楽しませいただきました。ありがとう、とても美味しかったし、嬉しかった。
手前味噌ながら、なかなか良い提案だったと満足したのでした。


【2008/11/14 22:52】 | 未分類 トラックバック(0) |

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昨夜、いつになくご大層なことをブログに書いたものだから、すごーく眠くても更新を休めなくなった。
自業自得、自己責任、自分を追い詰めないと重い腰を上げない私にはこれくらいがちょうどいいのかもしれない。

晩秋というよりは、冬の気配をひしひしと肌に感じるようになった。
日中晴れる日の朝は、必ずといっていいほど霧がでる。
今朝は特に霧が深く、30m先はすりガラスの向こうだった。
霧を体験したのは東北に越してきてからで、ひやりとした空気の中を歩くと、小雨をうんと細かくした
水滴が肌にあたる。
指先はかじかむほどに冷たいが、最近乾燥が気になるお肌にはよろしいのではないかと思ったりする。
次男愛用の自転車が壊れ、急遽彼が私の自転車を使うことになったので、私は徒歩出勤を余儀なくされた。
ウォーキング時間は30分。
フィットネスウォーキングというものを知ってからは、意識して大股で歩いている。
耳にはガンガンのロックが鳴り響いているのだが、ふと見ると、道路脇の花壇には無残に枯れたサルビアに交じってペンペン草が咲いていた。
今年の春、お浸しにしたい思っていたペンペン草だ。
お世辞にもきれいな花とは言えないが、この霧の中、よく咲いたねと褒めてやりたくなる。
ペンペン草からすれば、「一生懸命頑張っているんですからね、あんたに食べられなくてよかったわ」と思っているのかもしれないが。

秋から冬へと移る曖昧な季節を見て取ることができるなら、徒歩出勤もそう悪くはない。


【2008/11/13 23:29】 | 未分類 トラックバック(0) |
順調にブログの更新が進んでいたのに、はたと手が止まると、ずるずる休みがちになってしまう。
「また、サボリ癖?」とブログを読んでくれている友人が、痛いところをついてくる。
一生懸命書いているつもりだけれど、読んでくれる人が一向に増えなくて張り合いがないとこぼすと
「そりゃ増えるわけないよ。いつ更新するか、あてにならないんだもの」
ご忠言、まことに耳に痛い。

友人の言葉を反芻した。
私は若いころから文章を書くのが好きで、年を重ねてからは、あわよくば、文筆業に携わりたいと思うようになった。
エッセイなど文章の書き方を教える教室の生徒さんは、中高年が多いと聞いている。
私だけではない、人生の半分くらいを生きてきて、今までの来し方を元に文章を書きたいと思っている人は沢山いるのだ。
遥か彼方にある文筆業を手元に手繰り寄せるには、文章のトレーニングをするより他に手はない。
文章力をつけるには毎日文章を書くこと。
「それだったら、ブログが最適よ」と奈良に住む友人が教えてくれたのだった。
始めた頃は勢い込んで、あれもこれもとブログに書き込んだが、3年目ともなるとトーンダウン甚だしく、書きたいネタがないのよねと言い訳をするようになった。
ごく平凡な主婦である私の毎日がドラマチックであるはずはないし、乏しい教養では世の中の動きを論じてみせることもできない。
しかしながら、ドラマチックな生活でなくても乏しい教養であっても、人との関わりや季節の移ろいに感動したり驚いたりすることはいくらでもある。
ここまで思いをめぐらせて、やっと気づいた。
私は諦めている!

一流と呼ばれる人たちが異口同音に言われるのは、「諦めない」ということ。
今まで手垢のついた言葉のように聞き流していた「諦めない」という言葉、ずしんと心に響くようになった。


【2008/11/12 23:56】 | 未分類 トラックバック(0) |

お久しぶり~!
にゃんたま
入院中はメール頂きながら返事もせずごめんなさい。
自分の将来がどうなのかさっぱりわからない状態では
返信が出来にくかったんです。
なんとか、退院して1年が過ぎ一応順調に暮らしています。
検診の度に先生は脅かす事を言いますが、無視してます(笑)


今日のブログに私であろう友人が出てきてたので
コメントしました。
アクセス数を伸ばすには、あちこちのブログめぐりと
そこへのコメント付けもいるかな?

ネット通販も始めたんでブログも集客アイテムとして使ってます。良かったらリンクして下さい。

ここのブログは私のブログにリンクさせてもらってます。

時々覗かせてもらってるけど、皆さんお元気で楽しそうで何よりやね!


senju
にゃんたまさん、こんばんは。
ブログに登場したのは、まさしく、あなたです(笑)
こちらこそ、入院中で不安いっぱいのにゃんたまさんに、配慮のないメールを送ったことを反省しています。
ごめんなさいね。
アクセス数を伸ばす秘訣を教えてくれて、ありがとう。
どうも、私はネット出不精なもので。

実年齢-5になるファッションも教えていただければ、なお幸いかと思っております。


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立冬が過ぎ、昨日今日と暦どおりに冬の到来を実感させられるお天気。
ジャケットの上に薄手のコートでもはおらないと、外を歩くのも億劫になる。
どんよりした鈍色の空とすっかり色あせた木々の葉、立ち枯れた草花がうら寂しい。
これから東北は長く厳しい冬に入るのだが、この時期ならではの楽しみもある。
その中の一つに、松島の牡蠣がある。

海のミルクと言われるほど栄養豊かな牡蠣は、生でよし、煮てよし焼いてよしでレシピも豊富である。
去年だったか一昨年だったか、ノロウィルス騒ぎで大打撃を受けた松島の牡蠣だが、今年は順調だったようで、友人に誘われるまま「牡蠣小屋」へ行った。
「牡蠣小屋」では、殻付きの牡蠣を鉄板の上で豪快に焼いて食べさせてくれるという。
制限時間内では食べ放題。
腕まくりをして出かけたのはいいが、着いた「牡蠣小屋」は大盛況で、待ち時間は1時間とも2時間とも。
いつになったら食べられるのか、心もとない。
お店の人が大きなシャベルでざっくりと掬っておられた牡蠣に後ろ髪をひかれる思いで、「牡蠣小屋」を諦めることにした。

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「牡蠣小屋」に限らず、松島では焼き牡蠣をたべさせてくれるお店はいっぱいある。
遊覧船乗り場近くの小さな食堂に入り、一皿3個入った焼き牡蠣を5皿注文した。
美味しい牡蠣だ。生の酢牡蠣もいいが、焼いた牡蠣はぷりっとしていてエキスも濃厚。
近頃飲みすぎの感ありの肝臓に沁み渡るようで、嬉しい。
豪快で賑やかな「牡蠣小屋」も魅力的だが、鄙びた食堂のテーブルで食べる牡蠣もなかなか乙じゃない?って負け惜しみかな。

mt2

【2008/11/09 23:01】 | 未分類 トラックバック(0) |
今夜、NHK総合TVで「大阪 わがこころのメロディー」を観た。
私がテレビを観るのはNHK限定で、ニュース、天気予報、紀行もの、
たまーに、深夜にNHK教育番組をみるくらいの地味な視聴者である。
それが、テレビのスイッチを切らずに音楽番組を観たのは、ほかならぬ大阪がテーマになっていたからだ。
司会をしていた上沼恵美子さんのシャベリは、姉妹で漫才をされていたときから好きで、大阪弁でいう「エエカッコ」しないのと可愛げあるのがいい。
一緒に司会をされていたアナウンサーが上沼さんのボケにツッコミを入れない(入れられないのかな)のが歯がゆくて、観ていられない場面も多々あったが。

いやはや、懐かしい曲がつぎつぎと流れて、あ、そうそうこんな曲もあったよね
「河内のオッサンの唄」
この曲、東北で知っている人がいるのかな?明日、会社で訊いてみよう。
「天王寺」という曲があるのは知らなかった。
初めて聞いた曲なので正確ではないと思うけれど、
「安酒のんで(←ここがはっきりしない) 串にどて」の「串にどて」は、大阪に住んだことがない人には分からないのではないか。
「串にどて」は、「串カツとどて焼き」のことだろう。
私が天王寺に対して持っているイメージは、つっかけ履きで行ける繁華街。
今では、再開発とやらで、うんとお洒落な街になっているらしい。
「負けたらあかん 東京に負けたらあかん」といった旨の歌詞の曲もあって、あまりのあからさまさにびっくり!
「阪神、負けたがな!」と次男がツッコミを入れていた。

大阪にいるころはそれほどでもないと思っていたが、こうして離れてみてみると、大阪ってベタやなぁとつくづく思う。
でも、そこがいいのである。だからこそ、大阪なのである。
♪好っきねん 好っきやねん 大阪が好きやねん♪
次男の大学受験が終わったら、一番に大阪へ帰ろう!


【2008/11/03 22:42】 | 未分類 トラックバック(0) |


sanatch
ここのところ大阪はご無沙汰です。
今週久しぶりに行きますが、滞在時間は短そう。
串とどてで一杯飲りたいな^^


senju
sanatchさん、こんにちは。
この時期なら、そろそろどて焼きがお品書きにのるでしょう。お仕事で行かれるとは思いますが、楽しんできてください。でも、大阪ではインフルエンザが大流行しているらしいですから、くれぐれもご注意くださいますよう。


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先週のお天気長期予報では、3連休の初日は雨が降るとのことだったが、嬉しいことによく晴れた。
今日は福島県喜多方市、山都町へ新蕎麦を食べに行く予定なのである。
午前10時前、友人が迎えに来てくれた車に乗り込み、盛りが過ぎたとはいえ、まだまだ綺麗な紅葉を愛でつつ山間の道を走る。
ふと、去年この時期に山都町へ行ったことをブログに書いたことを思い出し、毎年連れて行ってくれる友人に「去年は雨だったよね」と言うと、「この時期は時雨れるからなぁ」と笑った。

新蕎麦を食べに山都町へ行くんは、今年で何年目かな?
5~6年くらいじゃねか?
そうか、そんなになるんや
んだなぁ、あっと言う間だべ

友人と知り合った当初は私が方言に馴染めないだろうとの気遣いからか、標準語で話してくれていたが、私がすっかり慣れた様子を見て、時折方言を交えてくれるようになった。
優しい人だなと思う。

山都町の新蕎麦は、今年もすごーく美味しかった。
つなぎなしの10割蕎麦は太すぎず細すぎず、ほどよい硬さとキリリとした味わいの、まぁるい香りもふくよかな大満足のいくものだった。
そば湯をすすりながら、どうしてここのお蕎麦はこんなに美味しいのかなと言うと、
友人は水がいいのではないかと言う。
これはまったくの地の利。
「会津は苦労したからね、やっと報われて良かったと思うよ」
友人の言葉を裏付けるように、お店の駐車場には関東方面のナンバープレートをつけた車がずらりと並んでいた。


大阪京都、今年は佐賀の友人にもこちらのお蕎麦を送らせてもらった。
明日と明後日、彼女たちの食卓に山都町のお蕎麦がのぼるかと思うと、大阪人のくせにちょと誇らしくなる。
大阪で開業している歯科医の友人に発送した旨を電話で伝えると、「季節を感じさせてもらえて嬉しい」と喜んでくれた。
彼女は痩せたいと思っているのだけれどと前置きした後、「あのお蕎麦は2人前くらいぺろりと食べてしまうのよね」

帰りに立ち寄った白布温泉の、湯の花咲くお湯にひたりながら、考えた。
草の根レベルであったとしても、私は東北から全国へ、食の親善大使になるぞ!



【2008/11/01 21:21】 | 未分類 トラックバック(0) |
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