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若かりし頃の飲み会のはしご、2軒目、3軒目と回るお店の数が増えるにしたがい、どんちゃん騒ぎはエスカレート。
宴会屋の上司はネクタイを鉢巻にし、ビール瓶をマイク代わりにして歌う。
やんやの拍手鳴り止まず、宴は深夜にまで及んだものだった。
翌朝、私が二日酔い気味のむくんだ顔で出勤すると、昨夜一番遅くまで残っていた上司は誰よりも早く出勤していた。
この上司が特別なのではない。日本のサラリーマンは、どれだけお酒を飲んでも、仕事となればしゃんとする。日本のサラリーマンは、仕事に対して、すごい根性の持ち主なのだ。

ところが、びっくりしたのは中川さんのあの体たらく。根性もなにもあったもんじゃない。
しかし、「会見前はたしなむ程度に飲んだ」ということだったから、イタリアの高級ワインを前に、あるいはご本人が気づかぬうちに喉から手が勝手に伸びたのかも知れぬ。
私だってお酒大好きだから、飲みたい気持ちはよーく分かる。
しかし、小市民の私でさえ、仕事中に酩酊するほど飲んだりはしない。
高級官僚であろうが小市民であろうが、それくらいのけじめは社会人として当然至極。

ホウレンソウ一把が高いか安いか、その程度の経済しか分からない私でさえ、今の日本が火の車であることは分かる。
家族を抱えて失業し、途方に暮れている人はいっぱいいる。
イタリアの高級ワインどころか、下町のナポレオンさえ飲めない酒好きはごまんといる。
にも関わらず、財務大臣はG7の後の記者会見でヘベレケぶりを披露したのである。
何よりも、「このくらいの酔いなら、ばれないだろう」というさもしい心根が気にくわない。
国民の痛みなんて、これっぽちも感じておりませんと宣言したようなものだ。
辞任することで責任をとったということになるのだろうが、一般サラリーマンなら問答無用でクビになる。

小泉(←この人も最近一言多いと思う)政権のあと、政府与党はまるでモグラたたきのようだ。
あの大臣が頭を出したと思ったら引っ込み、この大臣が頭を出したら引っ込むといった具合で、
もうどの人がどの大臣であったか、すっかり忘れてしまった。
でも、モグラたたきのトンカチは誰がもつべきなのかしらん?
少なくとも、野党ではないでしょうね。
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【2009/02/18 21:54】 | エッセイ トラックバック(0) |

こんにちは はじめまして
夏樹涼風
 鋭いご意見ですね、おっしゃる通りですよ
 あの人たちには、庶民の暮らしぶりなど、わかろうはずもないのです
 我々とは住む国が違うのでしょう
 私なんか下町のナポレオンどころか、トップバリューの焼酎です トホホッーーー!
 更新を楽しみにしています

 これからも宜しくお願いします

No title
senju
はじめまして、夏樹さん。
ようこそおいでくださいました。
私もトップバリュー商品愛用者です(笑)

こちらこそ、どうぞよろしくお願いします。


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昨日一昨日と、米沢では毎年恒例の雪灯篭祭が行われた。
今年は異常なほどに雪が少ないので、灯篭を作るために吾妻連峰からトラック750台分(←噂で聞いた数字なので正確ではないかも)の雪が運ばれたとか。
それほどの手間とお金をかけたのに、土日の気温は高くて、せっかく作った灯篭がなんとも頼りないものになったらしい。
純白の世界、雪灯篭に揺れるロウソクの灯……のはずだったのにと、幻想的な風景を楽しみにやって来た観光客をがっかりさせたかもしれない。

地元のお年寄りが口をそろえて言うことに、「昔と比べると、米沢の雪は減ってきた」
昔といってもどれくらいの昔なのか、お年寄りの年齢からみて昭和20年~30年代くらいではないかと思われる。
その頃の積雪は電柱の半分くらいまであったそうで、2階のある家は2階の窓が玄関代わりになり、
平屋は雪に覆われて、山と積もった雪の上に立つと玄関が足元に見えるのだそう。
「雪が少ないのはうんといいべけんど、なんだかおっかなくてよぉ」
実は私もそう思っている。
雪が少ないのを手放しで喜べないなと思っている。
どこかで、自然が帳尻を合わせようとするのではないか、冷夏になったり洪水になったりしはしないかと。

ところが、今日のお昼から、お天気はとんだ荒れ模様。
風が強く、窓にはびっしり雪がへばりついている。
今夜は一晩中吹雪くようだから、明日の朝はとんでもないことになっているだろうなぁ。
唸る風の音にびくびくしながら、米沢らしい冬のお天気にほっと胸をなでおろしてもいる。








【2009/02/16 23:17】 | エッセイ トラックバック(0) |
煙草をやめて、今月の23日で丸3か月になる。
誓って言うが(どなたに誓わなくてもいいのだけれど)、昨年の11月24日以来、煙草は一本どころか一服もしていない。
こう書けば、いかにも堅固な意志の持ち主のようだが、実際は悪戦苦闘の連続で、明日はもう断念するかどうかの瀬戸際を歩いている。

意外なことに、「あー煙草吸いたい」衝動は、食後や飲酒中よりも、一生懸命頑張った後のほっと一息ついた時が一番強烈である。
煙草は私の生活のスイッチ役で、午前中の仕事が終わって、さぁ昼からの仕事!というときの切り替え、仕事から帰って今から家事というときの切り替え、今日も一日お疲れさんの締めくくり、といった具合に一日の節目を担ってくれていた。
それが無くなるということは、私にすれば朝起きてから夜眠るまで、踊り場のない階段を延々と登るようなもの。
元来怠け者にできている私にはかなり辛い。
現在、スイッチ役を果たしているのはガム。
ガムの消費量をみて、あらためて私が一日に行う切り替えと称した休憩(サボリ?)の多いことに気づく。
しかも、ガムは煙草とちがって口の中に入っている時間が長いから、さながら草を反芻する牛である。

いつだったか、リンクを貼らせてもらっている「東北在住北海道人の食日記」の作者sanatchさんから、
煙草を吸う夢のことが書かれたコメントを頂戴したことがある。
煙草を吸う夢は見たことがなかったのと、なんとも不思議な魅力のありそうな夢だと思ったので、禁煙したら見ることができるのかなとちょっぴり期待していた。

で、昨夜というか未明に、その夢を見た。
大きなテーブルに金属製の灰皿が置いてある。
灰皿には火をつけたばかりの煙草が一本、細い煙をあげている。
煙草は私のものではなく誰かが火をつけたものだが、私はなんのためらいもなく、煙草を手にとって一服した。
煙草を元にもどして、はっと気づく。白いフィルターに口紅がついている。
「しまった!禁煙中だったんだ!」

抑えつけていた欲求を満たした満足感と禁煙をやぶった罪悪感の入り混じる不思議な夢だった。
それにしても、夢の中とはいえ、吸ってしまったのが他人様の煙草とは私もセコい。


【2009/02/14 14:10】 | エッセイ トラックバック(0) |

No title
あやこ3
こんばんは!
 偉いですねぇ。
続けて頑張って下さい。
ずっと前に、タバコを吸っていた人の肺(もちろん亡くなった方のモノ)が展示されているのを見た事があります。
真っ黒で、汚くて、ものすごくショックでした。

 その時、一緒に並んでた能書きに、3年くらい(年齢にもよりますが・・・)の禁煙で肺が、吸っていない人のように、また綺麗になるって書いてあった憶えがあります。
フレーフレー、ガンバレー!ガンバレー!


No title
senju
あやこ3さん、こんばんは。
ここまできたら、なんとしても禁煙を成功させたいです。
5年間、煙草を吸わなかったら、禁煙は本物と聞いたことがあります。
本物になるため、がんばります!応援、ありがとうございます!

No title
sanatch
ついにタバコの夢を見られましたか。
しかし、人のタバコをすってしまうというのは面白かったです。
私はすっかり嫌煙家ですが、おじいさんになったらパイプでもくわえてみたい気もします。


No title
senju
sanatchさん、こんばんは。
夢から覚めた後も、実は心臓がドキドキしていました。
ドキドキが禁を破ったせいなのか、盗み煙草であったせいなのか。
小心者だなぁと自嘲した次第です。




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前期試験まで後2週間の次男。
相当ストレスがたまってきたか、「合格したら、友達とカラオケで歌いまくりたい」と言う。
うんと発散しておいで!と思っているが、次男は音階でさえ外して歌うほどの音痴である。
いわゆる下手の横好きというやつで、一緒にカラオケへ行く友達にはご苦労だと思うが、合格祝いのつもりで付き合ってやってもらいたい。

近頃、私はカラオケで歌う機会がとんと減ったが、10年くらい前までは飲み会の2次会といえば決まってカラオケだった。
実は私、カラオケに行くと血が騒ぎだす。
カラオケボックスよりも、カラオケを置いているスナックの方がうずうずする。
ギャラリーが仲間うちだけでなく、見ず知らずの人がいるからだ。
仲間は私がどんな風に歌うか知っているから新鮮味に欠けるが、初対面の人はそうではない。
ウィスキーやビールを飲み、友人とおしゃべりしている間も私はギャラリーの様子をチェックする。
年齢層、男の人が多いか女の人が多いか、どんな曲がウケそうか。
要するに、私は「歌いたい」より「ウケたい」のである。
ウケそうな曲をしっかり吟味しておいて、周りからマイクが回ってくるのを待つ。
平静を装っているが、内心はドキドキ。
ウケたいけれど、空回りしたらどうしよう。
いざ、選曲したイントロが流れると、そこから先は歌うだけでなく、踊るわ跳ねるわ……
歌い終わって、ギャラリーからやんやの喝采をもらった時の達成感というか満足感というか、あれはクセになる快感である。
歌う前から歌い終わるまで、結構な体力を使うので、歌うのはせいぜい2曲まで。
これがまた、ちょうど良い頃合い加減になっているようだ。

空回りした苦い思い出も多々あるが、一番こたえたのは、息子たちから言われたことに、
「おかん、子供がどれだけ恥ずかしい思いしたか分かる?」
面目ない。でもねぇ、これって遺伝子の為せる業なんだよ、きっと。


【2009/02/12 23:12】 | エッセイ トラックバック(0) |
今日、2月11日は父の命日。今年は50回忌になる。
親不孝な娘で、家族そろっての法事は行わず、ささやかながら追善供養の回向をすることで勘弁してもらった。

父は引っ越しの最中、家財道具を積んだトラックに乗っており、それが横転して即死。
まだ28歳の若さだった。
当時私は2歳だったから、父の顔すら覚えておらず、物心ついて母から父の最期を聞かされても
「ふ~ん」ってな感じであった。
しかし、齢を重ねてくると、父の享年28歳がいかに無念な年齢であるか、ずしりと胸に響くようになった。
事故に遭う前日、つまり2月10日、父はどんな風に過ごしたのだろう。
まさか「明日、俺は死ぬ」と知っているわけではないから、いつもと変わらぬ、といっても引っ越し前日で家の中はがらんとしていたと思うが、一家団欒の食事をしたのだろうか。
それまで住んでいた家は間借りだったらしいから、父と母にとって嬉しい引っ越しであったにちがいない。
まもなく6歳になる姉と2歳になったばかりの私を酒の肴に、上機嫌で一杯呑んだのだろうか。
父は若手の浪曲師で、母の父親は大御所の上方浪曲師。
「俺も必ず一流の浪曲師になってみせる」という男の意地もあっただろう。
明日、間借りからワンランク上の生活に踏み出せる、いつまでも駆け出しの浪曲師ではないと闘志を燃やしたのではあるまいか。
母が亡くなって早13年、当時の様子を知る術はない。
――もっと詳しく聞いておけばよかったなぁ

今年は父の生まれ故郷である佐賀県に行きたいと思っている。
父と母の写真を持っていこう。
「新婚旅行は(和歌山の)白浜やった。せやけど、白浜へ行く前に、環状線の京橋駅近くの連れ込みに行こうってお父ちゃんが言うてな、待たれへんかったんや、早よ死ぬようになってたんやな」
晩年、母が教えてくれた秘話。聴いたときは大笑いしたけど、今となっては切ない。




【2009/02/11 22:04】 | エッセイ トラックバック(0) |

No title
ゆう
こんばんは。
今年は節目の年なんですね。
お父様お母様とご一緒に、是非佐賀にいらしてください。
ずいぶんと変わった佐賀をご覧になったら、お父様びっくりされるかもしれませんね。
そうそう、烏賊の美味しい時期は夏だと聞きました。


No title
senju
ゆうさん、こんばんは。
佐賀へ行くのはせめてもの親孝行といったところですが、美味しいものを食べたいという下心も満載しています。
烏賊といえば呼子。とても楽しみです!


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米沢は豪雪地だが、今年は雪がうんと少ない。
先週末はまとまった降雪になったけれど、昼にはとけて、道路はぬかるみ状態になった。
越してきて丸7年になるが、1月下旬から2月上旬の一番寒い時期に、こんなに雪の少ない冬は初めて。
この冬の真冬日も数えるほどで気温は高め、といっても、やはり東北の冬は寒い。
この時期になると、地元のスーパーに出回るのが、米沢の伝統野菜「雪菜」である。



ykn1先週末に立ち寄った産直のお店にも、雪菜が置いてあった。一番手前にある白い茎のお菜が雪菜。雪菜は名前のとおり、積った雪の下から掘り出して収穫する。大変に手間のかかった野菜なのだ。昔から、雪深い米沢の冬の貴重なビタミン源となっていたらしい。


雪菜のもっとも美味しい食べ方は「ふすべ漬け」
ふすべ→ふすべる=湯通しするという意味で、湯通しした雪菜を塩だけで2~3日漬けると辛味がでてくる。しゃきしゃきした歯ごたえとピリッとくる辛さがとても美味しい。
、この「ふすべ漬け」がとても難しい!!!
写真にあるとおり、雪菜にはふすべ漬けレシピがついてくることも多い。
レシピはいたって簡単。
3センチくらいに切った雪菜を笊に入れ、沸騰したたっぷりのお湯に笊ごと2~3秒つけ、上下をかえしてはもう一度笊を熱湯につける。レシピによっては、もう一度繰り返すとも書いてある。
湯通しした雪菜を冷水でしめ、塩をふった後、ビニール袋などに入れて密閉状態を保ち2~3日漬ける。
たったこれだけだが、とにかくうまくいかない。
ことわっておくが、うまくいかないのは私だけではない。
地元の人でさえ、はなから辛くなると期待することをやめた人もいるし、ふすべ漬けはばぁちゃんにおまかせという人も多い。
「いくらやっても辛くなんねぇから、辛子醤油ぶっかけて食うんだ」という人だっているのだ。

土曜日、性懲りもなく、また雪菜を買った。
この冬、何度買ったことかと臍を噛む。
買う度に今度こそと腕まくりをするのだが、漬けあがった雪菜がふやけた白い菜っ葉になった。
「今度もダメかな」
と思いつつも、意地になっている。
今年は雪が少ないから、雪菜もあと少しで終わるかもしれない。
ならばと、もう一度レシピを反芻してみた。
ふすべ→ふすぺる=湯通しする
湯通しが最大のキーポイントであることは分かっていたつもりだったけれど、2回目、3回目に湯通しするときの温度をもっと上げてみてはどうか。

後はいつも通りの手順で漬けた雪菜。
今日の夕方、おそるおそるつまんでみると……
やったーー!!ピリリと辛いぞ!シャキシャキしているぞ!
ものすごく嬉しかった。雪菜は気難し屋で次回もうまくいくとは限らないが、それでも嬉しかった。
お願いしていたお米を持ってきてくださったKさんにも食べてみてもらうと
「あら、美味しい。ピリッとして、ふすべ漬けになってる」と褒めてもらった。
嬉しかったけれど、「こうなるまでに雪菜4把が犠牲になりました」とはとても言えない。


ykn2


【2009/02/03 23:09】 | エッセイ トラックバック(0) |
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