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2泊3日で千葉県へ遊びに行っていた次男が帰ってきた。
予算ギリギリの次男は、中学時代の同級生のアパートに泊めてもらい、食事は「当分、麺類は食べたくない」くらい、カップ麺を含めてラーメンですませたようだ。
2泊3日の旅行をラーメンでしのいでは、しっかりとした食事を摂りたくなったのだろう、職場の昼休みに「肉と野菜をふんだんに食べたい」というメールをよこした。
息子とは可愛いものだと思うのは、こういう時である。

リクエストに応えて、今夜のおかずは豚ヒレ肉の一口カツ、大根菜と薄揚げの炊いたん(煮た物)、茄子と胡瓜の即席漬け、けんちん汁。
こちらのお箸が止まるくらいの猛烈な勢いで、ご飯を食べている次男の顔を見つめて気づいた。
「あれ、鼻に『でんぼ』できてるやん」
「『でんぼ』って何?」
「『おでき』のことや」
「吹き出物のこと?」
「いや、ちょっと違うな、そんな上品なものやないねん」
吹き出物に上品も下品もないのだが、『でんぼ』は先端に膿をもった、大きく赤く腫れた出来物で、
「たこの吸い出し」を使わないとどうしようもないというイメージがある。
次男の鼻の出来物は、わずかに膨れ上がった先がうっすら赤くなっている程度で、『でんぼ』然ではなかったが、近頃、枝雀師の落語を聴いているせいか、『でんぼ』がするりと口から出てしまったのである。

「あんまり、いらいなや」
大阪弁で、触ることを「いらう」という。
つまり、「吹き出物をあまり触らないように、でないと、ますます悪化させてしまいますよ」との意味を含めて次男に言った。
「うんうん、分かってる」と次男は軽く聞き流している。
面白くないので、ちっとビビらせてやりたくなった。
「鼻にできた『でんぼ』は、『めんちょ』って言うてな、危ないねんで」
「『めんちょ』?危ないって、何が危ないのん?」
「命に関わることもあるっていうことや」
「ふーん」

『めんちょ』という言葉の響きがいけない、どうも迫力に欠ける。
私が子供のころ、『めんちょ』が大きくなりすぎて、サイの角の縮小版みたいになっている子もいたのである。
しかし、赤く腫れあがって痛々しかったのが、いつの間にか普通の鼻に戻っていた。

ネットで調べてみると、抗生物質がなかった時代には、『めんちょ』から髄膜炎を併発して亡くなった方もあったようだ。
時代とともに、流行り病も変わる。
新型インフルエンザの毒性が強力でなさそうだとして、不気味感は否めないとしても、切羽詰まった感がない。
なんのかんのと言っても、疫病が脅威であったのは昔のこととどこかで高をくくってはいないか。
我が身に問いかけて、はたと首を傾げてしまう。



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【2009/09/17 21:29】 | エッセイ トラックバック(0) |
8月に帰阪した際、親友から1冊の絵本をもらった。
絵本の作者は、親友の娘さんである。
文・絵の横に書いてあるペンネームをみると、姓名の名が私の名前と同じなのでびっくりした。
私の名前は、字面が男名である。
「そこが素敵だと、娘が気にいったらしくて」と親友が恐縮した様子で言う。
子供のころから、名前が原因のトラブルは数知れず、大抵は「変わった名前だ」と言われた。
名前を褒められたのは、親友の娘さんで2人目。
1人目は同じ職場の男の人で、失礼ながら、おおよそ世の女性の目を惹く要素を一つも持ち合わせていない風貌の人であるが、彼から「粋な名前ですね」と言われたとき、私は一瞬彼のことが好きになった。

さて、絵本はとても素敵な作品だった。
幼い子供向きではなく、小学校高学年から中学生くらいの子、いやいや、大人も十分に楽しめる内容である。
文章もさることながら、絵がまた良い。
オオカミが主人公なのだが、孤独で哀愁があって、純粋で、純粋な分だけトンマで。
私はとても羨ましかった。
文も絵も、一人で書きあげてしまう親友の娘さんの力が、妬ましいほどに羨ましかった。
数日後、娘さんに絵本をもらったお礼のメールを送った。
絵本の感想も書き添えたが、もっともらしい感想の底には嫉妬がへばりついていたと思う。

今夜、次男の中学時代の友達、K君が遊びに来てくれた。
私はK君の大ファンである。
圧倒的な読書量と頭の良さが光る彼は、物腰が穏やかで育ちの良さを感じさせる。
夕食のお好み焼きを焼きながら、「お父さん、お母さんはお元気?」と訊くと
「はい、元気にしております。揃って佐渡に出かけていますが、旅行なのかな、(医学)学会なのかな?」と首を傾げている。
いい加減な息子ですよねと笑い、我が家のお好み焼きを美味しいと言って食べてくれる。
ふと、K君に親友の娘さんが書いた絵本を読んでもらって、感想を聞きたいと思った。
親友の娘さんにしたって、親と同い年のオバサンの感想より、ほぼ同年代の感想の方が後々の糧になるのではあるまいか。
K君に「読んでみて」と絵本を渡すと、「あ、嬉しいな、絵本、大好きなんです」と言う。
汚してはいけないので、食事が済んでからと、丁寧に絵本を扱っていた。

食事の後片付けが終わって、私が部屋にこもろうとすると、K君が「絵本の感想を」ときりだした。
「幸せって、求めて得られるものではないんですね、そう思いました」
私が述べた感想より、K君の感想の方が絵本の主題に触れたのは明らかで、書けばキザともとれる感想は実際には率直で、少なくとも嫉妬のかけらもなかった。









【2009/09/06 00:01】 | エッセイ トラックバック(0) |
先月の20日~22日まで、急用のため帰阪した。
新大阪に着くと、むっとくる熱気に気が削がれる。
大阪の夏の暑さは覚悟していたが、東北の涼しい夏に慣れた身体にはきつい。

大阪に着いた日の夜、小学校からの友人が飲み会をセッティングしてくれたのでミナミへでかけた。
「やっぱり、大阪は暑いなぁ」
久し振りに会った友人へ挨拶代りに言うと、今年の暑さは例年よりマシだと言う。
「へぇ!これで?」と驚くやら呆れるやら。
友人と連れだって、御堂筋から道頓堀へ入り、もっと驚くやら呆れるやら。
道頓堀は折り込み広告のような街並みになっていたのである。
寄席が次々と姿を消し、くいだおれも閉店したことは知っていたが、よもやここまで風情をなくすとは!
宗右衛門町にいたっては若造・小娘には越えられぬ敷居があったのに、バリアフリーになっていた。

「せやろ、風情もなんも、あったもんやないやろ」
翌日、お昼ご飯にと買って行った焼き鮎寿司をつまみながら、叔母が笑う。
「ミナミはもともとごちゃごちゃしてたけど、昨日みたいにちゃらちゃらしてなかったわ」
と文句をつける私に、あははと叔母は楽しそうに笑い、「いやいや、私が若かった頃はもっと風情があったで」

娘時代の叔母は、よく祖父とデートをしたらしい。
「インパネスを着たお父さんと道頓堀を歩くんやけど、私はお父さんが恥ずかしい思いをしはらへんように一番上等の大島着て、映画を観に行ったもんや。『心(しん)ぶら』いうてな、東京でいうたら『銀ぶら』やな、お父さんとデートしたわ、自分で言うのもなんやけど、なかなか洒落てたで。
お父さんが仕事以外で出かけはるとき、お義母さん(祖父の後妻)は私に一緒に行くよう仕向けはったもんや。なんでって、お父さんにはエエ女(ひと)がおったさかい、私を監視役に差し向けたかったんやろな。監視?そんなもんするかいな、実の娘が側についとったら、お父さんかて興ざめしてしもて、悪い気もおこしはれへんやろ。せやけどな、慣れって怖いもんでな、お父さんは私が口の固い監視役やと見込んだのかもしれんけど、今里の女(ひと)のとこへつき合うたことがあったわ。帰りに塩瀬の帯買うてくれはって、お父さんは口止め料のつもりやったんやろうか。私はお義母さんに告げ口する気なんか、さらさらなかったのに」
今年、喜寿を迎えた叔母が、懐かしそうに話してくれた。
その後にぽつりと「私がこんな年になってんから、お義母さんも時効や言うて堪忍してくれはるやろ」
今さら誰も困らないのに……、律儀な叔母だと思う。、
それにしても、我が親に対する敬語、女同士の激しく静かな葛藤、時代を感じさせられる話だった。
「赤い灯、青い灯、道頓堀の~」
そんな頃も昔になりつつある。










【2009/09/03 23:05】 | エッセイ トラックバック(0) |
ブログ更新がたったの2回だった8月、ブログを始めた頃の勢いはどこへいった!と我が身に檄をとばしつつ、9月に入った。
米沢はすっかり秋めいて、今夜は少し肌寒い。
昨夜から煮豚を作っていたので、その煮汁を使って、今夜のご飯はうーんと野菜を入れての煮込みラーメン。
スープもきれいに平らげて、やれ満足だとくつろいでいると、玄関から声がする。
何事かと出てみると、ご近所のおばあちゃんが「電話さ、貸してもらわんにぃか」と立っていた。
電話くらいお安い御用と居間にあがってもらい、廊下に置いてある電話機を運んだ。

おばあちゃんは昔ながらの方言で話すものだから、東北在住8年目の私には聞き取れない言葉が多い。
なんとか聞き取れる言葉を張り合わせて分かったことに、同居している娘さん夫婦がお孫さんたちを連れていなくなった、いつもなら車が駐車場にある時間なのに、車もない、何か悪いことでも起こったのか、心配でたまらないという事情だった。
しかし、いくら張り合わせの言葉だといっても、ところどころ話の辻褄が合わないのが分かる。
日暮れも早くなり、うす暗くなった家に一人いることが、急に不安になったのではないか。
おばあちゃんのお家は、我が家よりずっと立派な一戸建てで、2台ある車はどちらも外車である。
電話がないはずはない、やはり、おばあちゃんは一人でおれなかったのではあるまいか。

こういうとき、どういった対応をするのがベストなのか、まったく見当もつかない。
とにかく、おばあちゃんの望みどおりにさせてあげることにした。
どこへ電話しているのか、おばあちゃんは受話器を両手で握りしめ、「娘も孫もいないんだ」と訴えていたが、やがてしおしおと受話器を置いた。
どうかした?と訊くと、
「心配しねぇで、待ってろと言われた」
「誰に?」
「○♪♯の×♭*¥!!
少し落ち着いてもらった方がいいな、晩ごはんは済んだのかと訊くとまだとの返事。
あいにく、煮込みラーメンはきれいさっぱり食べつくしていたので、おにぎりとお漬け物で我慢してもらうことにした。
おばあちゃんは私が漬けた丸茄子漬けを一口食べて、
「うまいけんど、もっと色が良くねぇと」
「でしょう?お漬け物は難しくて」
「茄子は漬けるときによぉ」
お、極意を伝授賜るか!?
「○♯$&%*△」
き、聞きとれねぇ!!

おばあちゃんは娘さん夫婦になにかあったにちがいないと、止める私を制して警察に電話をした。
警察とおばあちゃん、ついでに私もやりとりをした揚句、警察官2人を乗せたパトカーが我が家にやってきた。
なんらやましいことなどしていないのに、パトカーが家の前に止まると、どきりとするのはなぜだろう。
年配の警察官と若い警察官の2人は、面倒がらずにおばあちゃんの話を聴き、私にもこれまでの経緯を訊いた。
あ、これって、もしかしたら、かの有名な「事情聴取」?
「事情聴取」から10分と経たぬうちに、おばあちゃんの娘さん家族が帰ってきた。
もちろん、無事。
良かった良かったとおばあちゃんの肩を抱くと、おばあちゃんが言った。
「茄子はよぉ、漬けるときに、○♯$&%*△」
やっぱり、聞きとれねぇ!!




【2009/09/02 22:34】 | エッセイ トラックバック(0) |
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