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さしもの残暑も”暑さ寒さも彼岸まで”の言葉どおりになりを潜めたかと思ったら、いきなり秋めいてきた。
朝晩は肌寒く、朝露に濡れた土と緑の匂いは夏のそれとは違ってすっきりと濃い。
ああ、米沢の秋だなと思う。
9月は2度もお芝居の本番があって、充実していたけれど、ちょっと疲れ気味でもあった。
それは仕事が終わってからの稽古が続いたせいばかりでなく、時間がないからとお腹に詰め込むだけの夕食をしたせいではないかと思う。
食事は私の元気の源なのだ。

10月に入って、久しぶりにゆっくりとスーパーへ買い物に行くと、いちじくや栗、里芋に秋鮭と、秋のはしりの食材が並んでいる。
時間に余裕ができたのだから、里芋のふくめ煮を作ろうか、秋鮭を粕漬けにしようか。
秋の夜長に一献の、肴をあれこれと考えるのは楽しいものだ。

今夜は鰯の梅煮。
今年漬けた梅干しを使ってこっくりと煮た鰯は、今宵のように初秋にしては寒い夜にぴったりの肴である。
じっくりと鰯で日本酒を楽しみ、溜まった疲れをほぐす ―― そのはずだった。
一人暮らしで困る事はいくつかあるが、ちょっと気の利いた肴があるのに、一人で呑むのが侘しいと思い始めるともういけない。
鰯にお箸を入れる→侘しい ちゅっと日本酒を口にふくむ→味気ない 
しかも、どういったわけか、こんな時に限って窓のすきまから汽笛が聞こえてきたりするのである。

若い頃ならこんな時、誰彼なしに電話をしたものだったが、この年になるとそうもいかない。
侘しさを持て余した私は、「絶対観ないぞ!」と決めていたDVDに手を出してしまった。
そのDVDは、今年の7月に公演となったお芝居を収録したもの。
演劇仲間から「なかなか良い出来でしたよ」と言われて手渡されたものの、モニターに映し出された自分をとても正視できるとは思えない。
見たが最後、二度と演劇はできなくなるだろうと思ったのだ。

私の母は、テレビ放映された自分の映像を見てゾッとしたと言っていた。
「あかん、これ以上観たら、舞台で白けてしまう」と思ったから、以降どれだけテレビ放映されても絶対に観なかったらしい。
その気持ち、分かるような気がしていた。
分かるような気がしていたのに、お酒は気を大きくする。

やはり、観るべきではなかった。
侘しさを吹き飛ばしたのは、見紛う事なき現実。
台詞演技はもとより、もっと愕然としたのは私の二重アゴであった。
モニターに映し出された私の顔は、相手役の男の子(20代後半と思われる)に比べると1.2倍強はある。
そこまで顔が膨らんでいたとは……。なんて無慈悲な映像だろう。

母は自分の出っ歯を非常に気にしていたから、ひょっとして自分の映像を観て、
「なんぼなんでも、もうちょっとマシやと思ってたわ」と愕然としたのかもしれない。






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【2011/09/28 20:58】 | エッセイ トラックバック(0) |
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