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4月から次男が家に帰ってくることになった。
といっても、就職活動中だけの間で、就職が決まったら再び大学の寮に戻るという。
次男曰く、「就職活動中はアルバイトができない上に出費がかさむから、炊事・洗濯の心配をしなくていい
実家が寝起きするのに最適」なのだとか。
そんな事情を友人達に話すと、みな「よかったね~」と言ってくれる。
これは、「一人暮らしで寂しかっただろうから、心強いでしょ?」といった意味合いを含んでいると思われる。

ま、たしかに心強いといえば心強い。
実は、去年の11月末に左肩の激痛で、一晩中うなったことがある。
寝返りもうてなければ眠ることもできない痛みに、「このまま死んでしまうのとちがうやろか?」
今から思うと、肩が痛くて死んでしまうということがあるはずもないのだが、
あのときは、「このまま死んでしもたら、息子らが帰ってきたときはガイコツになってるかもしれん!」と
本気で思った。
そういったケースでは同居人はありがたいけれど、一人暮らしならではの楽しみというものだってある。
私の場合は朝風呂である。

朝風呂は休日の朝にかぎる。
浴槽にはお気に入りのバス・ソルトやバス・ジェル、温泉気分を味わえる入浴剤などなど、その日の気分で決めたのをいれる。
お風呂用のラジオとミネラルウォーターを準備して、時間をきにせず心行くまでゆっくりとお風呂を楽しむ、その気分のよさといったら!
小原庄助さんが身上をつぶした原因は、朝寝、朝酒、朝湯だったが、朝湯だけなら堪忍してもらえそうだし、
第一、私にはつぶすだけの身上がないのだ。

さて、4月からこの楽しみはどうなるのだろう。
次男がいたって朝風呂を楽しんでもよさそうなものだが、どうも不経済になりそうで困る。
息子の朝ごはんも作らないで、長風呂なんてできないし・・・・・・。
当分の間、お預けかな。




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【2012/03/26 21:37】 | エッセイ トラックバック(0) |
3.11大震災から1年。
亡くなられた方々のご冥福と被災地の一日も早い復興を祈ります。

今日の夕方と夜、2度の地震があった。
夕方は三陸沖が震源で、青森県八戸などで震度4、夜9時5分には、千葉県東方沖を震源として千葉県・茨城県で震度5強。
東日本で頻発する地震は不気味で、空恐ろしい。
どこかの大学の先生が「自然に想定はありません」とおっしゃっていたが、なるほどと思う。
自然の力を凌駕することはできないにしても、自然災害は人智をもって、いくばくか回避することができる。
3.11大震災で教えられたことを、私たちは心深く留めておきたいものだ。
それが、震災で亡くなられた方々への供養の一つになるのではないかと思う。

*****

東北は美しいところです。そして、福島はとても優しいところです。
桃、梨、りんご等と美味しい果物がいっぱいとれます。もちろん、お米も野菜もとびきり美味しいです。
質のよい温泉と美味しいお酒があります。すーっと心に溶け込んでくる風景と穏やかな人たちがいます。
原発事故があって初めて、福島県が日本のどこにあるか知った人もいらっしゃるでしょう。
とくに、西日本にお住まいの方々には馴染みが薄いかもしれません。
水素爆発が起きた後の無残な原発建屋と放射線による汚染から避難を余儀なくされた人たち。
ひょっとしたら、そればかりが福島の印象となってはいないか、私はそれがとても心配です。
もちろん、原発問題は重大で深刻で、故郷を追われた人たちの悲しみは計れるものではないでしょう。
でも、福島全土が「放射線に汚染された悲しみの町」なのではありません。
故郷を追われた人たちも、「いつか必ず故郷に帰る」との思いで立ち上がろうとしています。

テレビ画面では到底感じることのできない福島の美しさを、どうか見にいらしてください。
東北の遅い春は一気にかけあがって様々な花を咲かせ、また、どの花もとても嬉しそうに咲くのです。
芽吹きを迎えた山の瑞々しさや、掘り返した土の力強い匂いや、どれもこれもきっと懐かしいはず。
都会育ちの東北出身者でなくても、なぜかきっとです。




【2012/03/14 22:35】 | エッセイ トラックバック(0) |
今日は雪ではなく、雨降り。
雨に打たれた道端の雪が段々と後退していくのを見ると、冬を乗り切った実感がわく。
今年はとにかく雪道を歩いた。
昨年までは、冬になると職場の同僚や友人が時々会社まで車に乗せてくれたのだが、同僚は退職し、多忙を極めた友人は「悪いね、車に乗っけてやれなくて」と申し訳なさそうに言ってくれる。
「とんでもない、私の方こそ気を使わせしまって・・・。ごめんね」なーんて言ったけれど、この豪雪の中、毎日歩いて出勤するのは正直なところ閉口した。
いつまでも雪道に慣れない私の足で、出勤に要する時間は雪がない時のおよそ1.5倍。
除雪が追いつかない歩道は、ひざ下10センチの積雪量ゆえ泳ぐように歩き、滑りやすい凍結した雪道は歩幅を狭く、そろそろと歩く、といった具合の45分間なので、会社に着くと汗びっしょりになる。
帰りは帰りで、通勤路+スーパーへの買い物路になるので、軽く1時間は雪道を歩くことになるのである。

「大阪へ帰ろうかな」今年は何度そう思ったことだろう。
静寂のモノトーンを一人歩く寂しさが身に堪えたか、大阪のごちゃごちゃした商店街や往来の騒がしさがやけに恋しい。
「なんぼ仕事が無いていうても、そっち(米沢)よりはましやで」と友達が言っていたから、まだやり直せるかもしれないと考えたりもした。
だけど・・・・・・。大阪へ帰ったら、きっと米沢を懐かしく思わない日はないだろう。
今、私が大阪を恋しく思うよりもっと、米沢を恋しく思うにちがいない。
そのことに耐える方が辛いような気がして、現状維持のまま3月を迎えたのだった。

今朝、雪が溶けて顔をだした、ほんの少しの地面に小さな草が葉を出していた。
名前があるのだろうけれど、ふだんは「雑草」と一括りに呼ばれる草の緑の鮮やかなこと!
思わずくんくんと鼻を空に向ければ、かすかに土の香り。
胸にじんとくる四季の移ろいに思う。
「米沢さ、離れらんにぃな」





【2012/03/05 22:51】 | エッセイ トラックバック(0) |
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