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師走に入ったばかりとあって、日差しにはまだまだ秋の名残が感じられる、穏やかな日だった。
その頃には、つまらない嫉妬に飽きて、私は向田邦子氏の大ファンになっていたから、仙台文学館で開かれていた向田氏に関する展示をくまなく見て回った。

講演まではまだ少し時間がある。
憧れの久世氏に会える嬉しさが、お行儀悪く「物欲しげ」にならぬよう、私はテラスで煙草を吸い気持ちを落ち着けた。
幸い、お天気は上々。
国道から少し奥まったところに建てられている文学館は、小ぶりの図書館のようにしんとたたずんでおり、鳥の声が周囲の木立から洩れ聞こえてくるだけだった。

さて、講演会場は広めの会議場といった風で、演壇にはマイクだけが置かれている。
以前、浅田次郎氏の講演会に二度ほど出かけたことがあるが、そちらにくらべると随分と質素な感じを受けた。
久世氏のご意向なのか、それとも仙台文学館の予算が足りなかったのか。
開演予定時刻になっても、主役は未だやってこない。
間がもたなくなったか、「本日は久世先生の新作を、発売を前に当受付で販売しております。ぜひとも、お帰りの際にお求め下さい」と司会がしきりに唾をとばしている。
場内が白けたムードになったころ、セーター姿の久世氏がふらりと入ってこられた。

満場の拍手にちょっと照れたように会釈なさり、演壇の椅子に腰かけられた。
想像していたよりずっと、氏は小柄で、その声音は高い。
どんなお話をしてくださるのだろう。
ワクワクして講演を聴いていたが、そのワクワクがだんだんと萎びてきた。
お話の内容の大半が、作品に紹介されていたエピソードだったからである。
「手を抜きはったんかな」と正直なところ、がっかりした。

講演が終わって、すごすごと退散しようとしたところ、
「本日は久世先生の新作を、発売を前に受付で・・・・」再び司会が叫んでいる。
もう、さっき聞いたって!
ところが、
「本日お買い求めになった方には、先生自ら著書に」
サインしてくださる?
「皆様のお名前をお書きになります」

出せなかったファンレター。
せめて、憧れの人に直々に「貴方の大ファンです」と言えるかもしれない。

受付前は長蛇の列が出来上がっていた。
行列に並ぶのは大の苦手であるが、一縷の望みを託して列に連なった。
いよいよ、私の番。
行列に目隠しされて今まで見えなかったのだが、氏は簡素なテーブルに座って、硯と筆を用意してお一人お一人のお名前を認めている様子であった。
――お疲れになるだろうなぁ
テーブルの脇には、氏のお好きな煙草と100円ライターが置いてあった。
おずおずと書いてもらいたい私の名前をメモした紙片を手渡すと
「これは、あなたのお名前ですか」
そう仰るのも無理はない。
私の名前を記した字面は、どうみても男名なのである。
「はい、私です」
氏が次に仰る言葉を待った。
「変わっていますね」とか「男性のようですね」とか、なんでもいいから
「貴方の大ファンです」と言える間が欲しかった。
しかしながら、氏は「ふーーん」といった顔をなさっただけで、とりつくしまもなく、達筆でさらさらと私の名前を書いてくださったのだった。

昨夜、図書館で借りるばかりで手元になかった久世氏の本を、アマゾンにて注文した。
私なんぞ、とりたてての供養にもなりもしないが、心から氏を偲ばせていただきたい。
心から、ご冥福をお祈り申し上げます。
合掌





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【2006/03/03 23:35】 | 未分類 トラックバック(0) |
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