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昨日、到来物があり、さっそくお礼の電話をしたところ、先様は開口一番「いやぁ、もう暑くて暑くて」。
訊くと、今年の大阪は雨の少ない梅雨で、予報では来週には明けるとのこと。
いくら暑いからといっても、年を重ねた体にクーラーは良くないから、なんとか涼しくする工夫をして凌いでいるとおっしゃっていた。

私は子供のころ、大阪の住吉に住んでいた。
近所に商店街があったり市場があったりの典型的な下町で、がやがやと賑やかだったが、真夏の昼下がりはしんと静かになる。
一番暑い時間は家の中へ避難していたからだろうと思うが、クーラーは庶民には高嶺の花だった時代である。
どこのお家にも強い日差しの入る窓には簾がかかり、網戸を張ってある玄関口の奥は暗かった。
暗いのは、昼間に電気を点けるのがもったいないからだったのか、暑いときに煌々と電気が点いていると余計に暑く感じるからだったのか。
家の中は風通しをよくすれば、暑いといっても扇風機だけで凌げる程度になる。
ぶーんと唸る扇風機の音と蚊取り線香の匂いが眠りを誘って、大人も子供も河岸に並んだ鮪みたいになって昼寝をした。
暑さが一段落した夕方になれば、町は賑やかさを取り戻す。
一家の主婦が夕餉の支度にかかるのか、台所で水を使う音やお鍋と蓋の触れ合う音が聞こえてくる。
お豆腐屋さんがハンドベルに似た鐘をからんからんと鳴らしながら、自転車に乗ってやってくると、子供たちはお母さんから小ぶりのお鍋を渡され、「もめん一丁、買(こ)うといで」とお使いをたのまれたりするのだった。
夕暮れに涼を呼ぶのは、打ち水である。
バケツにためた水を柄杓ですくっては玄関先に撒くという古典的な打ち水もあれば、ホースで威勢良く水を振りまくという豪快なものもあった。
どちらにしても、暑気を含んで埃っぽかった玄関先がきれいに洗い流されて、さっぱりと気持ちよく、どこからか吹いてくる涼しい風が汗ばんだ肌に心地よかった。
お風呂屋さんで汗を流してきたお年寄りが、縁台に腰掛けて、ゆっくり団扇をあおいでいる。
櫛で丁寧に梳いた洗い髪が小さくまとめられて、いかにも涼しげだ。
たっぷり昼寝をした子どもたちは、日が長いせいもあって、まだまだ遊び足りないと見える。
「はよ家に入らんと、子盗りに連れていかれるで」
縁台からよいしょと腰を上げたお年寄りが、そんな子供たちをたしなめた。

懐かしい夕涼みの光景である。
そういえば、夕涼みという言葉、しばらく聞いていないような気がする。


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【2008/07/07 23:24】 | 未分類 トラックバック(0) |
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