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若い人たちの間で、車離れが進んでいるらしい。
都会に住む人たちのことだろうと思うが、地球にとっては大変に喜ばしいことであり、背筋の寒い経済にますます暗い影を落としそうでもあり、複雑な気持ちになる。

私は運転免許を持っていないが、車が好きだ。
うんと若い頃、国道43号線を車で走っている夢をみたが、その爽快さはいまでも思い出せる。
御堂筋から国道26号線に入る道路を、白い117クーペが走り抜けた、たまたま見かけたそのワンシーンは長く私の目に焼きついていた。
その当時、モテる男の必須条件の一つが車を持っていることであり、「彼氏ができたの」と嬉しそうに話す女の子には、「彼氏はどんな車に乗ってるの?」と訊くのが習慣でもあった。
サーフィン仲間の一人で車を持っていなかった男の子は、風月堂のゴーフルが入っていた空き缶に、車を買うための頭金を貯めていた。
まだ社会にでたばかりの彼であったから、きっと爪に火をともすような思いの貯金であったと思う。
「銀行に預けないの?」と訊くと、記帳された数字よりも、現金がたまっていく様を手に取る方が、
「ああ、一歩車に近づいたなぁと思える」

車はとにかく経費が掛かる。
税金、保険、駐車場代、ガソリン代、オイル交換、おまけに車検となれば、クールな若い人たちから敬遠されるのも頷ける。
そればかりが車離れの要因ではないだろうが、とにかく車の必要性を感じないのだそうだ。
私の知る限り、車は便利なだけでなく、ロマンチックなシーンに一役も二役も買ってきた。
春の雨がそぼふる夜のドライブ、ボサノバを流せば、ベタな大阪人でもハリウッド俳優になる。
「今日、彼女と別れた。一杯つきあってくれないか」と誘われた居酒屋で、
「バックミラーに彼女の泣いている姿が映っていた」と聞かせられては、たとえ爪楊枝をくわえていてもダンディに見えてくるのだった。

車に憧れをもつのは、マイカーが高嶺の花だった時代を過ごしてきたせいかもしれない。
「家つき、カーつき、ババヌキ」が理想の結婚相手と言われた時代もあった。
「ババヌキ」のババになりつつ、豊かになった日本に生まれた若い人たちの「高嶺の花」はなんだろうと考えた。
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【2008/11/16 23:39】 | 未分類 トラックバック(0) |
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