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「なんで、(大阪から)米沢さ引っ越してきたな?」
米沢へ越してきた当初、必ず地元の人からそう訊かれた。
越してきた理由はいくつかある。
全部お話するのは面倒なので、理由としてはポピュラーな次男のぜんそくを上げた。
しかし、転地療養しなければならないほど酷そうには見えないと思われたのだろう、いかにも納得がいかないといった様子で「ふ~ん」と言われたものだった。

私が田舎暮らしに憧れを持ったのは、20年以上前のことになる。
きっかけとなった一つは、「となりのトトロ」である。
メイちゃんとサツキちゃんがお父さんと越してきた家、井戸、草いきれを思い出させる草むらや雨が降るとぬかるむ道等々、どれもこれも懐かしくて、「いつか住むならこんなところ」と思ったのだった。
懐かしいはずである。
私が小学校に上がった頃の大阪(大阪市内)は、まだ畑があり、糸トンボが飛んでいたし、井戸を使っていたお家もあったのだから。

きっかけのもう一つは、私が中国語を習っていた時のこと。
といっても、習っていたのはわずか半年間で、しかも私は超劣等生であったから、胸を張って「習っていました」とは言えない。
その時の先生が上海出身のとても奇麗な女の人で、私は彼女が大好きだった。
どんな経緯だったか忘れてしまったけれど、私が「大阪以外に住んだことがない」と言うと、先生は白く華奢な首を傾げて、「日本の女の人は、生まれ住んだ所から離れたことがないと言う人が多いですね。どうしてですか?こんなに自由な国なのに。私は明日アメリカへ行けと言われたら、喜んで行きます」
当時の中国は、現在のように一般国民が自由に海外旅行などできなかった。
そんな中で先生が日本で中国語を教えることができたのは、ご主人のお母さんが日本人であったのが大きな理由であるらしかった。
有利と思われる理由があっても、許可が下りるまで随分と時間がかかったとも聞いた。
決して生まれ故郷を蔑ろにするわけではないが、先生は「知りたい、見たい、行ってみたい」気持ちを
抑えず、行きたい所へ行くべきと私に教えてくれたのである。

「あんたは昔から、突然、突拍子もないことをする」と旧友が言う。
呆れてものが言えないらしいが、当の本人は重大さを認識せずに事を起してしまう。
事を起して8年目。
浪人生だった長男は独立し、小学」5年生だった次男は大学生になった。
すっかり子育てから解放された私は、これから何になるのか。

ヒアルロン酸たっぷりシートを顔面に貼りつけて、考えた。
年を重ねたとはいえ、まだ少しは猶予がありそうだ。
行きたい所へ行こう。
住みたい処へ行こう。
なんだかワクワクする今宵であった。

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【2009/05/27 22:41】 | エッセイ トラックバック(0) |
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