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イギリスのTV番組で、47歳のスーザン・ボイルさんが胸のすく活躍をしたと知ったのは、だいぶ前のこと。
その放送をyou tubeで観て、彼女の素晴らしい歌声に感動したが、もっと感動したのは審査員から年齢を聞かれたときの彼女の一言であった。
「何歳なの?」
「47歳よ」
審査員は呆れたような白けたような顔つきをするが、スーザンはおどけてお尻を振り、言ったことに
「そんなの、私の一面にすぎないわ」

ものすごーくカッコいいと思った。
年を重ねるのは生きている限り当たり前のことで、万人に平等であるにもかかわらず、オバサンは煙たがられ、厚顔な生き物として、一昔前は「オバタリアン」という名称で呼ばれていた。
雑誌やネット記事を見ると、「おばさん」と書かず「オバサン」とカタカナで書かれるときは、大抵の場合、非難中傷あるいは「こんな風になりたくない」モデルの記事である。
電車に乗るとき、我先に乗り込んで座席を確保する
ドリンクバーやサラダバー、ビュッフェ形式の食事では元がとれたか計算する
大混雑の高速道路パーキングエリアでは、紳士用トイレも使用する
デパートで値切る
などなど、いっぱいあって、ずきんと我が胸に響くものもいくつかある。

いやぁ、図々しい、これやからオバサンって嫌~い!
と言われても仕方ないかと思う反面、恥じらいを知っていた乙女が厚顔のオバサン変化を遂げるのは
日々の家事および雑多な用事、家計のやりくり、こんなはずではなかった結婚生活等々の堆積の結果である(と思う)。
かといって、これに乗っかり胡坐をかいては、オバサンを通り越してオッサンになるので注意が必要だ。

「そんなの、私の一面にすぎないわ」
残念ながら未だ一度も口にしていない、このセリフ。
いざというとき、決して浮いた感じにならぬよう、お風呂場でこっそり練習している。




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【2009/07/02 22:03】 | エッセイ トラックバック(0) |
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