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先月の20日~22日まで、急用のため帰阪した。
新大阪に着くと、むっとくる熱気に気が削がれる。
大阪の夏の暑さは覚悟していたが、東北の涼しい夏に慣れた身体にはきつい。

大阪に着いた日の夜、小学校からの友人が飲み会をセッティングしてくれたのでミナミへでかけた。
「やっぱり、大阪は暑いなぁ」
久し振りに会った友人へ挨拶代りに言うと、今年の暑さは例年よりマシだと言う。
「へぇ!これで?」と驚くやら呆れるやら。
友人と連れだって、御堂筋から道頓堀へ入り、もっと驚くやら呆れるやら。
道頓堀は折り込み広告のような街並みになっていたのである。
寄席が次々と姿を消し、くいだおれも閉店したことは知っていたが、よもやここまで風情をなくすとは!
宗右衛門町にいたっては若造・小娘には越えられぬ敷居があったのに、バリアフリーになっていた。

「せやろ、風情もなんも、あったもんやないやろ」
翌日、お昼ご飯にと買って行った焼き鮎寿司をつまみながら、叔母が笑う。
「ミナミはもともとごちゃごちゃしてたけど、昨日みたいにちゃらちゃらしてなかったわ」
と文句をつける私に、あははと叔母は楽しそうに笑い、「いやいや、私が若かった頃はもっと風情があったで」

娘時代の叔母は、よく祖父とデートをしたらしい。
「インパネスを着たお父さんと道頓堀を歩くんやけど、私はお父さんが恥ずかしい思いをしはらへんように一番上等の大島着て、映画を観に行ったもんや。『心(しん)ぶら』いうてな、東京でいうたら『銀ぶら』やな、お父さんとデートしたわ、自分で言うのもなんやけど、なかなか洒落てたで。
お父さんが仕事以外で出かけはるとき、お義母さん(祖父の後妻)は私に一緒に行くよう仕向けはったもんや。なんでって、お父さんにはエエ女(ひと)がおったさかい、私を監視役に差し向けたかったんやろな。監視?そんなもんするかいな、実の娘が側についとったら、お父さんかて興ざめしてしもて、悪い気もおこしはれへんやろ。せやけどな、慣れって怖いもんでな、お父さんは私が口の固い監視役やと見込んだのかもしれんけど、今里の女(ひと)のとこへつき合うたことがあったわ。帰りに塩瀬の帯買うてくれはって、お父さんは口止め料のつもりやったんやろうか。私はお義母さんに告げ口する気なんか、さらさらなかったのに」
今年、喜寿を迎えた叔母が、懐かしそうに話してくれた。
その後にぽつりと「私がこんな年になってんから、お義母さんも時効や言うて堪忍してくれはるやろ」
今さら誰も困らないのに……、律儀な叔母だと思う。、
それにしても、我が親に対する敬語、女同士の激しく静かな葛藤、時代を感じさせられる話だった。
「赤い灯、青い灯、道頓堀の~」
そんな頃も昔になりつつある。









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【2009/09/03 23:05】 | エッセイ トラックバック(0) |
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