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親友の一人から、一人暮らしを始めた私が呆けるのではないか心配だと電話があった。
心配してくれるのは有難いけれど、私はまだまだ達者に仕事をしていて、毎夜美味しくお酒もいただている。
「呆けるには、まだ早いのと違う?」
「いや、若年性認知症が増えてるんやて」
心配性の彼女は実例をあげて説明してくれるものだから、なかなか説得力がある。
本来、ビビリにできている私は、だんだん不安になってきた。
「でもな、うちの娘が言うことにな」と親友が言うのに
ブログを書いている間は大丈夫、文章を書くというのは脳の活性化につながるから
「senjuのオバチャンは呆けへんって」と太鼓判を押してくれたらしい。
あははと笑ったが、内心はギョッとした。
すごーく長い間、ブログをさぼっていた=すごーく長い間、脳の活性化が滞っていた
という式が成り立つのである。
よーし、身軽になった分、週末の飲み会が増える傾向にあるが、平日の夜は心して脳の活性化に励もう。

晩ご飯の後、私の好きな作家のひとり、佐藤愛子さんの「我が老後」(文春文庫)をパラパラとめくっていると、
「現在我がボケの、最たる現象は固有名詞が思い出せないことである。もう少し正確にいうと思い出せないことを思い出そうとする努力をしなくなったということだ。2.3年前まではその努力をしていたのだが、この頃はこれが面倒くさくなっている。面倒くささに身を委ねてしまうことはエネルギーの涸渇と関係があるのかもしれないが、いずれにせよこれがボケるということなのだろう。」
親友の娘さんの太鼓判は、認印くらいかもしれない。


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【2010/04/04 20:27】 | エッセイ トラックバック(0) |
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