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北海道の小学生の女の子の「いじめ」を苦に自殺した事件は、本当にやるせない。
残されたご両親が、どれほど辛く悲しい思いをされていることか、子を持つ親の一人として推察するにあまりある。
ニュースで観た女の子の遺書からは、クラス全員から疎外されていた様子が伺えた。
悲しかっただろう、辛かっただろう。
私も小学生の頃に、クラス全員から疎外されるという「いじめ」にあったことがあるから、少しは女の子の気持ちが解るような気がする。

「いじめ」を隠していた市教委は言語道断だが、この事件の一連の放送を、加害者であるクラスメートたちはどう観ているのだろうか。
女の子の死をどのように受け止めているのだろうか。
女の子を死に追いやってしまったという良心の呵責に苛まれながら、生きていかなくてはならないとすれば、それもやるせない。

ニュース番組は、責任の所在をここだそこだと報道し、市長さんが女の子の遺影の前で土下座されている映像を流した。
その映像を白けた気分で観てしまうのは、私がへそ曲がりだからだろうか。
女の子は、市長さんの土下座も、見知らぬ大阪のオバちゃんのブログに載せた哀悼の意も欲しくなんかないだろう。
欲しかったのは、友だちと一緒に学校から帰ることだったのではないだろうか。
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【2006/10/06 00:11】 | 未分類 トラックバック(0) |
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